梅木と水坂の場合⑤

2/4
前へ
/99ページ
次へ
 心臓がバクバクと早くなっていく。  そんなこと、あるはずがない。  恋人ごっこなんかしているからおかしくなってしまったんだろうか。  そういえば俺も、水坂といると脳がバグるのか、本当の恋人といるような感覚に陥ることがある。  俺は出来るだけ、なんでもなく聞こえるように首を振った。 「そんなの勘違いだろ。恋人ごっことかしてるから」 「勘違いじゃない……っ」  水坂は、低い声と共にドンっと壁を叩く。両手が俺の顔を挟むようにして壁に付いている。  退路を塞がれた俺は、壁ドンだ! などと感動する余裕もなく身をすくめた。  覆いかぶさってくる水坂の顔が近い。  俺を見つめる真剣な瞳に、胸が更に高鳴るのを感じた。 「お前といるとドキドキする。楽しい。お前は、全然そういうのはないのか」 「あ、あるわけ……」  ない、と言い切ってしまえばいいのに目が泳ぐ。  今、正にドキドキ中だ。  しかも、そんな風に言われて嫌な感じはしない。  顔もどんどん熱を持ってくるのが分かる。  言い淀んでいると、顎に指を添えられた。  水坂の顔しか目に入ってこない状態になる。 「なぁ真守、ちゃんとこっち見て答えろ」 「ひぇ、あの……!」  俺はただ口を開閉させた。  というか、今、下の名前で呼んだ!  怖い! 自然すぎて怖い!  水坂の少女漫画適正が高すぎて怖い!  もうキャパオーバーだ。 「急に名前で呼ぶのはいかがなものかと……!」 「杏山は良くて俺はダメなのか」 「あいつは幼なじみで……! て、なんってベタなこと言わせるんだよ!」  不服そうな声に言い返しながら、ついにツッコミを口に出してしまった。  俺は少女漫画に転生でもしたのか!?  いや乙女ゲームか!?  ヒロインの代わりに攻略対象に溺愛されるモブか!?  俺がとてもどうでもいい事を考えて現実逃避していることなど水坂は知る由もない。  必死の形相の美形が、声のボリュームを上げた。 「親しかったら呼んで良いなら、俺とお前は充分仲が良いだろ!」 「そおかなぁ!?」  物心ついた時から家族ぐるみの付き合いがある杏山(りょう)と、ついこないだから恋人ごっこを始めた水坂では全然親しいの度合いが違うし。  俺のこと真守って呼ぶのは家族と杏山(りょう)だけだし。  なんて言ったらきっと火に油だから言わないけど。  もうこの際、呼び方なんてどうでもいい。  言わなければならないことは一つだ。 「と、とにかく! 俺はそんな気ないから! 遊びで終われないなら恋人ごっこはおしまいだ! 罰ゲームの告白、言いふらしたければ言いふらせよ!」  俺は言いたいことだけ捲し立て、水坂の胸をドンっと強く押した。  意外にもアッサリ離れた体に、一瞬物足りなさを感じながらも、顔を見ないようにしてその場を逃げだした。  
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加