梅木と水坂の場合⑤

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 わからーん!  どうしてそうなったなんでそうなった!  あの、男女共に大人気のイケメン優等生の水坂が!  ちょっと恋人ごっこしたくらいで!  こんな平凡地味オタクを好きになるなんてなんの間違いだ!!  実は幼なじみとか前にどこかで助けたことがあるとか。ありそうなネタを考えてみたけど、そういうのは絶対ないと思う!    告白からの壁ドンをされてから数日。  俺は頭も心も大混乱だった。  一応お断りしたつもりだったが、水坂は開き直って俺に積極的に話しかけてくるようになった。  どれくらい積極的かというと、休み時間の度に話しかけてくるだけでなく、朝も俺が降りるバス停で待ち構えているくらいだ。  バスを降りる生徒に「おはようございます」と挨拶され、それに笑顔で返している中で、 「おはよう、真守」  と俺が出てきた時だけ視線を合わせてくるのは心臓に悪い。  顔がいい。  声がいい。  意外と気が利くし、ふたりでいるときは前より優しくなったし。  授業中よく目が合うようになったし、その都度嬉しそうに笑いかけてくるし。  気を抜くと、ふとした瞬間に心臓を射貫かれそうだ。  水坂の前だと常に頭がキャパオーバーを起こしているから、ここ最近は帰る時間が心休まる時間だ。  そして、今は放課後。  放課後だけは生徒会があるから水坂に構われることはない。  そのはずなのに、結局俺はグルグルと水坂のことを考えながら、ひとりで階段を下りていく。 (こんなに大好きアピールされたら誰だってその気になるだろ……! いや、流されてたまるか絶対に……っ!?)  ずるっと嫌な浮遊感。 「えっ」  足元が疎かになっていた俺は、階段を踏み外した。  体に鳥肌が立つ。反射的に手すりに伸ばした手は空を切った。 「あっぶねぇ」  力強い腕が腰に回って、突然体が安定した。  嫌な汗を掻きながら、落ちずに済んだことを自覚して力が抜ける。 「大丈夫か?」  声を掛けられて振り向くと、隣のクラスの担任の肥護先生の顔が近くにあった。  俺は慌てて、自分でしっかりと立ち直す。 (水坂じゃなかった……いや別に期待してませんけど!?)  せっかく助けてもらったのに真っ先に思い浮かんだ気持ちを振り払う。 「だ、大丈夫です。ありがとうございます」  そう答えたものの、まだ心臓バックバクだ。怖かったー!  寒気が止まらない。  改めて足元を見ると、踊り場から二段下りただけのところだった。  下手したら大けがだ。  改めて、踊り場に立っている肥護先生に頭を下げた。 「すみませんでした……俺、ボーっとして」 「気にすんな。そんな時間も必要だ。ま、でも先生だっていつでも助けられるわけじゃねぇから気ぃつけろよ」 「はい……」  ポン、と意外と温かい手が頭に置かれる。  肥護先生は、明るい茶髪ととても教師とは思えない態度のせいで1年生の頃は少し怖かったけれど。今ではそれが親しみやすさに変わっている。  そもそも、この人が告白ゲームの話を俺たちに吹き込んだせいでこうなったんだ。  ノった俺たちが悪いんだけど。  肥護先生は俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、世間話でもするかのように俺に話しかけた。 「なぁ、それよりお前、最近水坂となんかあったか」 「ピンポイントー!」  驚きすぎた俺は、不必要なまでに大きな声を発し顔を上げた。 (なんでだ!? 何で知ってるんだ? なんて返そう……!)  特に水坂から告白されたことには触れられていないのに、顔に熱が集まる。  唇がわなわなと震えるだけで、俺は何も言えない状態になった。  それでも先生は、俺の気持ちを読み取ったようだ。  目と唇がニヤリと弧を描く。 「授業中、両方があんだけ視線を送りあってりゃぁな。気づく」  恥ずかしい!!  俺はその場に崩れ落ちそうになるのをグッと耐えた。  そうか、俺、そんなに水坂のこと見てたか。ほんとによく目が合うようになったと思ったら。  よく考えたら、両方が見てないと視線は合わないよな。無意識過ぎた。
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