梅木と水坂の場合⑤

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 先生はもう少し話をしよう、と手招いてくる。  俺があまりに授業中に上の空だから相談に乗ってくれるつもりなのだろう。  羞恥心のあまり、今すぐこの場を立ち去りたかったが踏み止まった。 「水坂も妙にお前にくっついてるだろ」 「そう見えますか……でも特になんもないのでお気になさらず……」 「ふーん……ならいいけどな」  どんな表情をしていいのか分からず遠い目をする俺を見て頷きながら、肥護先生は窓の縁に腕をかけ外を見た。 「お、噂をすればだな」  肥護先生につられて俺も窓に近づいた。  下には裏庭があり、花壇に色とりどりの花が咲いているのが見える。  しかし一番初めに俺の目に入ったのは、柔らかい微笑みを浮かべて眼鏡を直している水坂だった。  隣にいるのはロングヘアの女子だ。 「……仲良さげ……」  自分でも驚くような低い声が出た。  なんだ、あの完璧な猫被り顔は。ヘラヘラしやがって。  ついさっきまで慌ただしかった心が逆に落ち着いた気がした。  無の表情になった俺の顔を、肥護先生は楽し気に覗き込む。 「妬けるか?」 「別に。誰かといるのはいつもだし」  揶揄おうという空気を隠そうともしないから、ぶっきらぼうに答えた。  よく見たら生徒会役員の女子だ。おそらく何か用事があってあそこにいるんだろうと、想像ができる。  それでも、目の前の教師の表情は緩んだままだ。  なんなんだこのおっさんは! 「ほー」 「本当ですよ」 「へー」 「先生!」 「あ」  いい加減にしてくれと俺が歯をむき出したとほぼ同時に、肥護先生は目を見開いて窓の外に釘付けになった。 「手を繋いでるぞ」 「え!?」  反射的に声を上げ、再びふたりの方へと視線を下ろす。  花壇を指差している水坂と、手元のノートに何かを書いている女子がいるだけだった。  俺はホッと肩を撫でおろす。  クックッと肥護先生は喉を鳴らして笑っていた。 「見間違いか」 「先生っ!」  知らず知らずの内に握りしめていた拳が震える。  なんてひどい教師なんだ!  相談に乗ってくれるのかと思ったけど、面白がっているだけだ。 「悪い悪い」 「肥護先生、うちの生徒をいじめないでくださいよー」  謝罪の気持ちなど全くなさそうに俺の膨れっ面を突く肥護先生を、柔らかい声が嗜めた。  振り向くと、階段の上で担任の海棠先生が腕を組んで立っていた。 「あ、海棠先生……」  俺が名前を呼ぶと、すぐに海棠先生は階段を下りてきた。  泣きぼくろのある心配そうな顔が見下ろしてきて、ポンポンと優しく両肩を叩かれる。 「梅木、大丈夫か? 嫌なことされたか?」 「いや俺をなんだと思ってんですか。素直になれって話をしてただけデース」  そんな話、したかな!?  白々しく肩を竦めた肥護先生をジト目で見ながら、俺は海棠先生の後ろへ逃げ込んだ。  俺の動きを目で追う海棠先生は、合点がいったようにポン、と手を打つ。 「ああ、水坂か」 「なんで海棠先生まで知ってるんですか!」  両頬を抑えてあんぐり口を開けてしまった。  びっくりすぎる。  このふたりは同い年で仲がいいみたいだし、肥護先生が何か吹き込んだのだろうか。  全てを肥護先生のせいにしかけた俺に対して、海棠先生は困ったように眉を下げる。 「……見たら……分かる、かな……」  もう穴があったら入りたい!  
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