梅木と水坂の場合・完

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 俺は怯まないように声を張り上げた。 「だって……! お前、俺のこと『何もない』って言ってただろ! じゃあ、なんで好きになったんだよ! 信じられるか!」 「知るか! 理屈じゃねぇんだよそんなの!」 「誤魔化されねぇ! ちゃんと俺の好きなところ言ってみろ!」  水坂も負けじと声を放ってきたけど、そんなありがちな言葉に流されてはやらない。  何かあるはずだ。  そうでなければ、何故「お前は何も特長がないから羨ましいだろ」というようなことを言った相手を好きになるんだ。  実はちょっと根に持ってるんだぞ!  とってつけたように「本性に引かないから性格が良い」とか言ってた気がするけど。  そこもいまいち納得していない。  偶然、水坂が本性を見せた相手が俺だっただけで、 他の人でも似た反応だった可能性もある。   「面倒なやつだな! ……でも、うん。そういうところ」  お互い頭に血が上って、怒鳴りあいが続きそうだったけれど。舌打ちをした水坂の方が、冷静になるのが早かった。 「俺がこんなんでも引かなかったところと、俺の言うことにあっさり頷かないところ。安心する」 「そんなん普通だろ」  まだ納得が出来なくて眉を寄せる。  優等生の水坂が言うことには「そうしようか」ってなることが多いかもしれないけど。  それだって、今みたいに本性を見せている水坂には反発するやつもいるはずだ。  水坂が言ったことは「俺」である必要性がない気がして、モヤッとする。  面倒なことを言っている自覚はあるけど、もう一声欲しかった。  そんな気持ちが伝わったのだろうか。  顎に手を当てて俺の顔をじっと見ていた水坂が、更に呟いた。 「あとは……可愛い」 「目が腐ってんのか」 「見た目じゃねぇよ」  褒められてるのか貶されているのか判断に困っている間に、水坂の手が俺の頬に触れた。  その指先が冷たくて思わず肩が跳ねてしまう。  表情は余裕そうだけど、緊張しているようだ。  そのままゆっくりと顔が近づいてきたので、俺は思わず体を強張らせて目を瞑った。  すると、キュッと鼻を摘まれた。 「ふが」 「こういう、反応とか」  目を開くと、人を小馬鹿にした表情が飛び込んできて顔に熱が昇ってくる。  嘘みたいに古典的な手に、簡単に引っ掛かる自分が情けない。  でも、こういうのは本気で告白する時にやるやつじゃないぞ!  そう言ってやろうと俺は顔が熱いまま水坂を睨みつけた。 「おーまーえー……っ」  唇が、ふわりと塞がれる。  精一杯ドスを効かせた声は、水坂の口の中に吸い込まれた。  二回目のキスは、眼鏡は触れあわず唇だけが柔らかく触れている。  水坂は目を閉じていたけれど、俺は何もできないまま離れるまでただ立っていただけだった。 「今からもっといっぱい、好きなとこ見つけてく。それでいいだろ?」  顔が離れると、俺の顔を見た水坂が微笑する。  今まで見たどんな表情より優しくて綺麗な笑顔に見惚れた俺は、頭がのぼせ上ったまま頷いた。  水坂は小さく息を吐いて力を抜いたかと思うと、俺と同じく顔が真っ赤なくせに、余裕ぶって頭を撫でてくる。 「てか、お前こそ俺のどこが好きなんだよ。性格以外全部とか?」 「自信過剰なんだよ! バーカ!!」  水坂の長所なんていっぱいありすぎて。  自分で言っておいて俺は水坂のどこが好きなのか分からない。  俺の好きなものに合わせようとしてくれたとか、体の心配をしてくれたとか。  決定打とかはなくて積み重ねなんだろう。 「あのさ、俺……」  気持ちは伝わっていても、口に出しておかなければ。  そう思って、俺は分かりやすく深呼吸してから水坂を改めて見上げる。 「水坂が、好きかもしれない……」  自分で言っといて「かも」ってなんだよって思う。  どこが好きなのかとか答えられてないんだからせめて「好き」くらい言い切れよ!  やり直さないと、ともう一度口を開こうとする。  でも、唇に人差し指を当てられた。  水坂は自信たっぷりの笑みを浮かべ、俺はその表情に安心感を覚える。 「俺もだ、真守。付き合ってくれ」                           梅木と水坂の場合・終わり
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