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慌てて立ち上がるマルコとは反対に、オレは泥のように座り込んだ。
「……どうした? 最後の勝負をしないのか?」
マルコが尋ねる。
「足が残ってない」
朝露に声が枯れる。
「休養十分のお前とでは勝負にならん」
『10時間差を帳消しにした』ミユキにはそれで充分に顔向けできる。
ところが。
「いいから立て」
マルコが差し出した手を掴み、よろよろと立ち上がると。
「行くぞ、残り5キロ足らずだ」
ふらつくオレに肩を差し出し、マルコがオレとともに歩き始める。
「何で敵に手を貸す……?」
「ふん……この馬鹿げたレースはな」
マルコが眉をひそめた。
「この地に観光客を呼ぶ、国を挙げての宣伝なんだ。そのために、分かりやすい『英雄』が必要だった。……それが俺さ」
確かに、マルコはこのレースの象徴的存在ではあるが。
「地元の利を生かした金剛石……。だが俺はダイヤに似せたガラス玉に過ぎん」
「ガラス……?」
「ああ。自転車には電動機が仕込んであったし、登山では代役がタイムを稼いだ。俺自身は途中でお前に抜かれている」
「あの時のか!」
もしも、それが本当なのだとしたら。
「運営も共犯者なのか」
「まぁな。そしてテレビ中継に合わせてゴールするため、時間潰しを兼ねて寝ていたんだ」
それがこの世の現実だとして。
「……何故それを敵に?」
「あれほどの大差を追いつく驚異の体力と精神力。本物の金剛石に敬意を払うべきだと、思ったのさ」
いや。オレも一人じゃなかった。
終着点が目前に迫る。純白のテープとテレビカメラ。注がれる惜しみない拍手。
この欺瞞に満ちたレースの終幕まであと10メートルのところで、マルコがオレを肩から下ろした。
「勝負だ、リュウヤ。10メートルダッシュで決着をつけよう」
それは清々しいほどの笑顔。
「……いいだろう」
二人並んでクラウチングスタートに構える。100なら勝ち目はないが、10ならば。
「スタート!」
押し潰されるほどの歓声に、渾身の力で地面を蹴る。
「う……っ!」
ゴール寸前、マルコがオレの背中を押した。そして、二人の間が数センチだけ離れて。
《人間金剛石、リュウヤ選手!!》
耳を衝く絶叫と、沸き上がる違和感。
違う。お膳立てされたただの称号なぞ欲しくない。例え不公正な英雄でも、強者に勝ってこその。
ああ、硬い石はかくも容易く砕けるんだな。
崩れ落ちた地面に涙が染みる。
「来年はお互い公正にやろう」
マルコが差し出す掌は、果てしなく遠かった。
完
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