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ケースからアコースティックギターを出す。
「へぇー、エピフォンなんだ」
バンドでは普段エレキギターを使用しているので、このギターを見せるのは初めてだ。数万円はするギター。アパートでは隣の部屋への騒音にならないように気を使って小さな音でしか弾けないため、エレキギターを弾くことが多いが弾き語りをするならアコースティックギターだと思って去年に購入した。こうして人に見せるのは今日が初めてだ。
「音が気に入ってるんだ」
と俺は答える。
奈緒は部屋の端に置いてあった椅子を二つ持ってきて、一つを俺の方に置いてくれた。俺は椅子に座り、緊張をごまかすようにギターを弾く。喉もウォーミングアップしておきたい。
「声出していい?」
「あぁ、どうぞどうぞ」
と、なんだかよそよそしい言葉が奈緒から返ってくる。出演者一人だけの発表会のようなこの状況。奈緒は気まずいというほどではないにしろ、居心地が悪いような落ち着かない感じかもしれない。自分としてもよくこんなことをしようと思ったものだ。いっそバンドの練習のときの方がまだ気楽だったかもしれない。
「あ、オッケー。三曲あるんだけど、一曲目が一番いいかなった思ってる曲。二曲目は少しテンポが遅めの曲で、三曲目はギターのリフを聞かせる感じの曲かな」
どんな風に演奏をはじめたらいいのか、台本のない音楽会とでいえばいいのか、求められてもいない解説を先にした。奈緒は練習のときのように「ふーん」と澄ました顔で相槌を打った。
「じゃあ、いきます」
左手でギターのコードを押さえて、右手に持ったピックでストロークをはじめる。イントロが終わって歌いはじめると、俺は半笑いのような表情をやめて曲の世界に入った。少し気怠く、感傷に浸るような曲。たばこの煙が似合うような曲。
歌は段々と熱を帯びる。恥ずかしさは消えて歌に集中する。自分の声が狭いスタジオの中に響く。
サビが終わって間奏のギターを弾いているときに奈緒と目が合う。真顔で曲を聞いている。曲を評価してほしいとお願いしてあるから、審査員のよう公正な目で見てくれているのだろう。愛嬌のかけらもない。
すぐに目を逸して、最後まで演奏しきることに集中する。視線は反対側に置かれたベースアンプに合わせた。
一曲目が終わった。余韻、そしてとりあえずの拍手が奈緒から送られた。
「という感じなんだけど、どうかな?」
「どのくらい辛口で答えてほしい?」
「そうだよね。中辛でお願いします」
絶賛なんてされるわけはない。自分でなんとか曲という形にしたけれど、プロの曲とは何かが違うのはわかる。それがオリジナリティなのかもしれないと思うこともあったが、奈緒の反応を見るに、それは褒められるほどのオリジナリティではない。
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