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(Thị Hoá PhanによるPixabayからの画像 )
この世は、美人が得をする仕組みになっている。誰が何と言おうと、これは真実だ。
夏休みが終わったころ、あたしは学校で噂を聞いた。
『一年二組の長井ちづる。目を直したらしいよ』
直す、とは、整形するって意味。うちの高校で、マジ整形したやつなんていなくて、噂はあっという間に広がった。
「澄(すみ)、見に行こうよ」
っていう友達もいたけど。あたしは笑っただけ。
バカじゃないの。
キレイになろうと思って何が悪い? 手段なんか、なんでもアリだよ。
あたしもいつかやりたいと思っている。整形。二重まぶたになりたいの。
そんなことを考えていたら、理科室への移動時に長井さんにぶつかった。
「――あ、ごめんなさい」
長良さんはすぐに謝った。その顔を見て、あたしは思わず
「きれい」
目だけじゃない。
ぜったいに、鼻も口もやってる。
だって。顔が全然違っているもの。
まるで花が咲いているよう。大きなダリヤの花が、大根畑に開いているよう。
なのに。
長良さんはすぐに目を伏せて、低い声でつぶやいた。
「バカみたい、顔だけ見て」
ひらりとあたしの目の前で紺色のスカートがひるがえった。きれいにプレスした箱ひだのスキマに、影があった。
彼女は走り去る。
あたしのあこがれの顔は、かろやかに走り去ってしまった。
その晩、あたしは医者である叔父に聞いてみた。
「うちの学校に顔全部、整形している子がいるんだけど。十六歳で、全部のお直しって、できるもんなの?」
「できるよ。でもまあ、すすめないね」
あたしは唇をとがらせた。叔父はあたしの頭をぽんぽんと叩き
「十五や十六ってのは、まだ骨格が出来あがる途中なんだよ。
だけど整形した目や鼻はかわらない。五年後、十年後になると全体のバランスが崩れるんだ。
その子は、自分の未来を捨ててでも欲しい”今”があったんだろう」
あたしは外を見る。
カーテンを閉め忘れた夜の窓に、大きな一重の目、小さな鼻のあたしがうつっていた。
それ以来、あたしは長井さんと話すようになった。
下校時にスタバによったり、図書館で宿題をしたり。話してみると、長井さんはしっかりした声の持ち主だった。
「うち、危機一髪なの。パパとママはろくに顔も合わさない。あたしを伝言板にして”家庭”を運営してるって感じ。だから二人を驚かせたかったのよ」
「セイケイして?」
あたしが尋ねると、長井さんはニヤリとしてからウェットティッシュを取り出し、右目にあてた。何かをふき取る。
こっちを見た彼女の顔を見て、あたしは息をのむ。
「べたべたの一重まぶたじゃん!」
「あたしね、夏じゅう必死でメイクの勉強をしたの。コスメだけで十万円つかったわ。
Zoomでメイクを教えてくれる人を見つけて、一日に九時間ずっとメイクをやり続けた。メイクで別人になったでしょ。ママたちもびっくりしてた」
あたしは声もでない。あの見事な二重がメイクだなんて。
長井さんは使い終わったウェットティッシュを丁寧にたたみながら
「メイクがうまくなったって、けっきょく、うちの状況は何も変わらないんだけど。あたしはもう気にしないことに決めたの。
自分の顔だって、自分で変えられるんだよ? 本気になったら、やれないことなんてない。
あたしね、絵が好き。このまま付属の私立大学へいかずに美大を受験するつもりなんだ。こっそり美大受験用の絵の塾を予約してるし」
メイクをふき取った長井さんの右目は、くっきりした左目とまるで違う。それはアンバランスでたまらないほど魅力的だった。
思わず言う。
「あたしも二重になりたい。メイクを教えてよ、長井さん」
「いいわよ。そのかわり、ちづるってよんでね。あたし、友達がいないから」
そこには――あたしと限りなく似た顔の少女が、座っていた。
あたしたちは笑いあって、フラペチーノを飲みきる。
さて。ちづるといっしょに、数Ⅰの宿題でもやるか。
【了】
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