よろしくアマゴ先生(最終回)

1/1
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

よろしくアマゴ先生(最終回)

 1年後、私は、ジムニーで穴吹川を目指していた。  牧野先生が、亡くなった後、1人で何度も渓流釣りに行ったが、未だにアマゴを釣ることができない。  久しぶりの釣行である。今日こそアマゴが釣れるような予感に突き動かされ、夜も明けぬうちから車を走らせた。川に入り、何度も竿を振るが、例によって外道のアブラハヤしか釣れない。釣り餌も少なくなり日も傾きかけて来た。ふと気が付くと、ここは、牧野先生と初めて穴吹川に来た時の場所だ。ここで、最後にしよう。  竿を振ろうとした時、私に語りかける声を聞いた。 『今日は、赤葉さんに1尾釣らしちゃろうかのう』  牧野先生の声? もちろん、幻聴であることはすぐに自覚できたが、確かに聞いた。私は、息を殺して竿を振り込む。牧野先生が釣らせてくれる。今日は、釣れる!  コツンと(かす)かな当たりだ。今だ! 私は、竿を立てた。ブルブルと手ごたえを感じる。  片手に、たも網を持って釣魚を引き寄せた。  やった! アマゴだ!  小判型(こばんがた)に並んだパーマーク(幼魚班)を見て、私は興奮した。いつ見ても、透明感に満ちて輝いている魚だ。やはりオレンジ色の斑点を見ると、意味もなくワクワクしてしまう。 「師匠! やりました! アマゴを釣りました! ありがとうございます」  (まぎ)れもない、さっきの声は牧野先生だったのだ。改めて、たも網の中で泳がせている、初めて釣ったアマゴを見た。  小さい。10センチぐらいか。記念すべき初アマゴだが、持ち帰るわけにはいかないサイズだ。私は、そっと釣り針を外しアマゴを放流した。  私には、そのアマゴが牧野先生に思えた。私と遊んでくれてありがとう。嬉しくて興奮しちゃいました。  納竿(のうかん)した私は、川を見渡した。ここに来れば、いつでも牧野先生に会える。  今度も、楽しませてください。今は、あなたを失った悲しみよりアマゴが釣れた嬉しさの方が(まさ)ってしまいました。また、釣らせてください、必ず来ます牧野先生。  帰り道、車のラジオから『涙そうそう』が流れて来た。  小声で口ずさんでいるうちに、涙をぼろぼろと落として大声で泣いてしまった。  終り
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!