牧野先生との出会い

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牧野先生との出会い

牧野(まきの)先生は、私に渓流釣(けいりゅうづ)りの楽しさを教えてくれました」  私は、高校生物の魚類についての授業で、必ずこの話をする。私が語り始めると生徒たちは大概(たいがい)、 「ええ? 牧野先生って誰ですか? 先生の彼氏?」  と聞き返してくる。そのたびに、 「残念ながら彼氏じゃないの。私の師匠(ししょう)です」  と、答える。そして、生徒はしばし、私の思い出話を聞くことになる。  牧野先生を初めて見た時の印象を、鮮烈に覚えている。  新卒で、香川県の高校教員になった初出勤の日。職員会議の後、各教科に別れて、細かい打ち合わせをすることになった。私の専門科目は、生物なので理科学科に属する。 「おおい。赤葉(あかば)さん、こっちや、こっち」  手を振って私の名を、呼んでくれたのが牧野先生だった。学校では、教員間は「〇〇先生」と呼び合うが、牧野先生は、私をいつも「赤葉さん」と呼んだ。理科学科には、4名の教員が集まっていた。その中でも牧野先生は、細身で胡麻塩(ごましお)頭がおしゃれに見える中年男性だった。若い頃はもてたのだろうと容易に察しがつく。私の好みのタイプではないが、嫌いなタイプでもない。  波長が合うというのだろうか、牧野先生は、新米教員の私を気に入ってくれた。そして、いろいろなことを教えてくれた。特に、牧野先生の趣味である、アウトドア遊びは、大学で電子顕微鏡ばかりいじっていたインドア派の私には、刺激的だった。  まず、オートバイの免許を取ることを勧められたのだ。これも社会勉強と思い、免許を取得すると、早々にバイクの購入を勧められる。  バイクを購入すると、早速キャンプツーリングに連れて行ってくれた。何も知らない私を伴って、徳島県の剣山(つるぎさん)スーパー林道(りんどう)というダートコース(舗装されていない道)を走破する旅をした。道中、私は3度転倒した。転倒する度に死を意識した私だったが、牧野先生は「大丈夫、大丈夫」と言ってにこやかに私のバイクを起こしてくれる。  途中、川の近くでテントを張ると、私にご飯を炊いておくよう指示し、 「ちょっといってくるわ」  と言い残して、竿を持って沢をのぼって行った。小一時間ほど経って、渓流魚のアマゴを釣って戻って来る。  生まれて初めて、釣りたてのアマゴを河原で焼いて食べた。沢のワサビや山菜なども教えてもらった。  男と女、2人だけのキャンプツーリングだったが、牧野先生の奥様もおおらかな人で、楽しんでらっしゃいと送り出してくれた。容姿も小柄で、少年と言っても通用する私は、生徒や先生に大人の女性としては見られてはいない。   歳の差もあり、幸か不幸か大人の関係になる片鱗さえ無かった。私は、牧野先生を師匠と呼び、アウトドア遊びの弟子入りを志願した。牧野先生は、快く承知してくれたが弟子と言うよりは、自分の子どものように見ていたのかもしれない。
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