励ますのでもなく

1/1
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

励ますのでもなく

 教員としての仕事に慣れて来た矢先のことである。生徒や保護者との対応でトラブルを起こし、精神的に落ち込んで、出勤できなくなることがあった。  抑うつ状態で数日間欠勤していた時、私の家に見舞いに来てくれたのは、牧野先生だけだった。牧野先生は、私を鼓舞(こぶ)するでもなく、散歩に連れ出してくれた。私の家は、小高い山の(ふもと)にあるので、牧野先生は山菜を見つけては嬉しそうに、食べ方など講釈してくれた。 「おや、赤葉さん、『むかご』があるでないの。塩ゆでしたり、炊き込みご飯に入れたりしたら美味いで」  そう言いながら、牧野先生は、プチプチとむかごを取った。私は、『むかご』が自分の家のすぐ近くにあるという事を初めて知った。『むかご』とは、ヤマノイモのツルの付け根にある2センチ位の球根である。牧野先生は、職場の事は何も言わずに、ただ、 「『むかご』食べんさいよ」  と岡山弁で言い残して帰って行った。この時、牧野先生が岡山県出身である事を初めて知った。  そうだ牧野先生が居るんだ。仕事が私の全てじゃないや。まだまだ人生楽しみはある。そう思うと、不安から楽しみの方に心が振られて、次の日から職場に復帰できた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!