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アマゴ釣りというもの
次の日。待ちに待った釣りのレッスンの日だ。私は、自家用のジムニーで、牧野先生を拾って、一路穴吹川を目指す。
香川県から徳島県に入り、吉野川沿いの支流である、穴吹川をさかのぼる。途中、牧野先生が小さな雑貨屋を見つけると、
「赤葉さん、ちょっととめてや」
と言って、雑貨屋に入って行った。数分で出てくると、
「これ、入漁券や。持っときんさい」
と言って、名刺大の切符のようなものを渡してきた。
「入漁券……って何ですか?」
私は、入漁券なる物を受け取って、じっと眺めた。今日の日付のスタンプが押してある。
「この川で釣りをするための切符みたいなもんや。これを持っとらにゃあ見つかるとその場で、高い金額で買わされるけんね。わしは、釣りの解禁期間中いつでも釣れるフリーパスみたいな年券をもっとるけん。赤葉さんのは、今日一日だけここの川で釣りができる券や」
「はあ、釣りをするのに、切符が必要とは知りませんでした。あのこれ、おいくらなんでしょうか?」
「そんなんええて、今度釣りに来るときはあんたが自分で買いんさいよ」
「あ、ありがとうございます」
入漁券料は、川を管轄・管理している漁業協同組合が魚の放流や、釣り場の整備を行なうことに使われる。車は、さらに上流に向かい、ちょっとした広場に駐車した。
「じゃあ行こうかい」
牧野先生は、足取りも軽く川面に降りて行く。私は、岩場にしっかりと足を確保して、息を弾ませながら師匠を追った。
すこし広まった川岸で、牧野先生は、既に竿と仕掛けの用意を終えていた。
「先生、エサは何ですか?」
私が聞くと、
「一番は、ピンチョロやキンパクっちゅう川虫を捕ってつかうのがええけど、今日は、ブドウ虫を買って持ってきたけん」
そう言って、箱から小さな芋虫を取り出すと針に掛けた。
「ポイントはあそこや。静かにな。魚はこっちが見えとるから」
「ええ? 魚が!」
「そら、行くで。よう見ときな」
少しひんやりとした澄んだ空気。常に流れるがゆえに、かえって意識されないせせらぎの音。時折聞こえる鳥の声。
狙った場所に、細心の注意を払ってそっと仕掛けを落とし込む。ほとんど間を置かず、目印が水中に消え、竿がブルブルとしなる。
「赤葉さん、いいのが来たでえ」
牧野先生は、竿を立てて釣れた魚を引き寄せる。アマゴだ。生きている魚体のラメ糸をちりばめたような輝き! オレンジ色の小さな斑点は、まさに宝石だ。
「すごい! 先生20センチはありますよ。綺麗だなあ……」
私は、たも網のアマゴに見とれた。
その後も、牧野先生はアマゴを釣り続ける。ただ、一向に私に釣竿を触らせてくれない。
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