初めてのアマゴ釣り

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初めてのアマゴ釣り

「あの、先生。私にもやらせてください!」  しびれを切らした私は、牧野先生の(ひじ)を引っ張った。 「おお、すまんかった。つい夢中になって。ほれ、竿を持って餌をつけてみ」  私は、芋虫をつかみ釣り針にさした。生物教員の強みで、大概の生物は触ることができる。 「あのあたりにそっと入れて、少し流すんや」  そう聞いて、竿を立てて振り、ほぼ牧野先生が示した場所に仕掛けを投入した。じわじわと目印が下流に動いて行く。当たりはなかった。 「もう一回、狙ってみんさい」  それから、私は、何度となく牧野先生の指し示す場所に、ほぼ正確に仕掛けを入れたつもりだが、結局コツリとも当たりがなかった。何で! 「まあ、最初はこんなもんや。また、来ようや」  その日私は、一尾も釣れず竿を収めた。  その後も何度か、牧野先生と渓流釣りに行った。私は解禁期間中、川に入り釣りができる年券を購入することにした。  釣行する(たび)指南(しなん)を受けるが、アマゴを釣ることはできない。   釣れるのは外道(げどう)(アマゴ以外に釣れる魚)のアブラハヤばかり……。  ある日、牧野先生から竿や仕掛けに、たも網など、渓流釣りの道具一そろいを頂戴した。 「新しい道具を買うけん、使い古しやけど赤葉さんにあげるわ」  感激だ。頂いたこの竿は、今まで牧野先生が数知れずのアマゴを釣り上げた、いわば歴戦の名竿(めいかん)。 「あ、ありがとうございます。大切に使わさせて頂きます。今度こそアマゴを釣り上げますよ!」 「じゃあ、今度の休みに、釣りに行こうや」 「ええ! 行きましょう! この竿を持ってい行きます」 「うん、うん。赤葉さんは、それでアマゴを釣りんさいよ」 「はい。何かもう、釣れるような気がして来ました」  思わず、釣竿を抱きしめてしまった。牧野先生は、そんな私を見て目を細めている。
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