17人が本棚に入れています
本棚に追加
よろしくアマゴ先生(最終回)
1年後、私は、ジムニーで穴吹川を目指していた。
牧野先生が、亡くなった後、1人で何度も渓流釣りに行ったが、未だにアマゴを釣ることができない。
久しぶりの釣行である。今日こそアマゴが釣れるような予感に突き動かされ、夜も明けぬうちから車を走らせた。川に入り、何度も竿を振るが、例によって外道のアブラハヤしか釣れない。釣り餌も少なくなり日も傾きかけて来た。ふと気が付くと、ここは、牧野先生と初めて穴吹川に来た時の場所だ。ここで、最後にしよう。
竿を振ろうとした時、私に語りかける声を聞いた。
『今日は、赤葉さんに1尾釣らしちゃろうかのう』
牧野先生の声? もちろん、幻聴であることはすぐに自覚できたが、確かに聞いた。私は、息を殺して竿を振り込む。牧野先生が釣らせてくれる。今日は、釣れる!
コツンと幽かな当たりだ。今だ! 私は、竿を立てた。ブルブルと手ごたえを感じる。
片手に、たも網を持って釣魚を引き寄せた。
やった! アマゴだ!
小判型に並んだパーマーク(幼魚班)を見て、私は興奮した。いつ見ても、透明感に満ちて輝いている魚だ。やはりオレンジ色の斑点を見ると、意味もなくワクワクしてしまう。
「師匠! やりました! アマゴを釣りました! ありがとうございます」
紛れもない、さっきの声は牧野先生だったのだ。改めて、たも網の中で泳がせている、初めて釣ったアマゴを見た。
小さい。10センチぐらいか。記念すべき初アマゴだが、持ち帰るわけにはいかないサイズだ。私は、そっと釣り針を外しアマゴを放流した。
私には、そのアマゴが牧野先生に思えた。私と遊んでくれてありがとう。嬉しくて興奮しちゃいました。
納竿した私は、川を見渡した。ここに来れば、いつでも牧野先生に会える。
今度も、楽しませてください。今は、あなたを失った悲しみよりアマゴが釣れた嬉しさの方が勝ってしまいました。また、釣らせてください、必ず来ます牧野先生。
帰り道、車のラジオから『涙そうそう』が流れて来た。
小声で口ずさんでいるうちに、涙をぼろぼろと落として大声で泣いてしまった。
終り
最初のコメントを投稿しよう!