ラブホテル純愛事件

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◆ラブホテル純愛事件 あ、あの子今日もラブホ行くんだ。 俺は2階のベランダでひとりタバコをふかしながら、よく見かける男子高校生が歩いていくのを何となしに見つめていた。 ひとりの綺麗な顔した男の子が、澄ました顔をして歩いていく先は、なんと近くの場末のラブホテル。ボロボロのさ。 ベランダでタバコを吸うのが日課の俺は、そういえばあの子よく見るなとある日気づいた。 良いですねえ。今日も青春ですねえ。発散出来て羨ましい限り。むしゃくしゃしながら俺はタバコの火を消した。 2階のボロアパートに住む、職を無くした惨めな俺にオンナなんていなかったから。 『演じる顔』 締切迫る文学賞。無職の俺は今、気が狂っているが小説家に転身しようとしていた。 いや、違う。小説家になりたいだなんて甘っちょろい夢を捨てきれなくて、勢いで退職しちまった馬鹿な男さ。 ガリガリパソコンで書いて、やっぱちげえわと消して、それを何十回とやって、3時間頑張って進んだのはたった5行。 「・・クソ!」 俺はイライラしてまたタバコを吸いにベランダに出た。 外は空が青くて良い天気。あーあ。俺の人生、どうなっちまうんだろう。そうボンヤリといじけていた時。 「あ……」 まただ。あの例の高校生が今度はラブホから出てくるのを見ちまった。またひとりで。 何かにまにまと、嬉しそうな顔を隠しきれないで歩いている。満足ですか、そりゃ良かったですね。 ただ何でだかあの坊ちゃん、行きも帰りもひとりなんだ。だから連れのオンナは見たことがない。 あの綺麗な顔した子に釣り合うぐらいだから、どんななんかな〜と俺は下世話な興味を抱いているのだが。 熱心に見すぎてしまったのか。ふいにその子はパッとこっちを見た。やべ、目が合う…! 俺は逃げるようにベランダをあとにした。 6畳一間の部屋に逃げ込む。ふう、どうだったかな。バレたかな。 まあ改めて、『とある男子高校生がラブホテルに出入りしているのを観察してる無職の男』って逮捕案件だなって俺は自省した。 通報されちゃ敵わん。俺はその日を限りに男子高校生の観察をやめた。 それから1ヶ月ほど経った頃。 俺はちょっとした用事があって出かけていた。 で、帰り際。最寄り駅について、よし帰って続き書くぞ〜って意気込んていたら。 ドムッと誰かにぶつかった。 「あ、すいません」 !! あの男子高校生だった。綺麗な顔が驚いた様に俺を見下ろしている。コイツ背も高い。嫌味なやつだ。 「あ、あなた!僕のこと、しょっちゅうベランダから見てた人ですよね?」 !!!!! バレてた。バレてた。バレてた! 「僕もあなたのこと何か気になってたんですよお。良かったら一緒にコーヒーでも飲んでゆっくり話しません?僕喉乾いちゃって」 ニコッて笑ったソイツの顔。 『てめえ今まで何ジロジロ見てたんだよ』って言いたいのだろうか、とにかく無言の圧に俺は押されてソイツと一緒にコーヒーを飲むことに、なってしまった…! 駅のひと気のない高架下。並んで自販機で買ったコーヒーを飲みながら適当に話をした。 「風間翔太郎くんて言うんだ。へえ、カッコイイねえ」 「ごんざぶろうさんこそ、あなたの名前も渋くてカッコよ…ぷはは」 「笑ってんじゃねーよ」 コーヒーをすする。年齢の割におじいちゃんみたいな名前、気にしてんだよっ。 しかしなあ。コイツ笑った顔も爽やかだな。愛嬌あるし。さぞモテてんだろう。 嫉妬の炎が内心メラメラして、で何か開き直って俺は聞いた。 「ってかさ。もうぶっちゃけ聞くけどさ。君よくラブホ行ってるけど、いつも行き帰り1人じゃん。なんで?」 「……えー。何かラブホ一緒に行き帰りってめちゃくちゃ恥ずいじゃないですか。それに何か照れてる顔を周りの人に見せたくないし。だから別行動にしてるんです」 「ふーん。ってかさ。相手の子ってどんな子なん?俺一回も見たことないんだけど」 「…あー、内緒です。僕だけの独り占めにしたいっていうか」 「うわ。君って結構独占欲強いタイプ?」 「あ、その自覚はあります。束縛するのに喜びを覚えちゃいますね」 「へえー」 こんなイケメンに独占されたい奴、いっぱいいるだろ。 「相手の子、幸せだねー」 若干の嫌味を込めて言うと、えへへと照れた様に翔太郎くんは笑った。その顔を見て、本当に相手の子のことが大好きなんだなあと悟った。 イイね、若い人らは。人生の行き先の危うい俺と違ってさ。 「純愛なんだ?」 ふふ、と翔太郎くんは照れたように頷いた。それを見て俺も何か胸がいっぱいになってしまった。 「これからもお幸せに」 そう言って俺はその場をあとにした。 うら若き青春の恋。そんな甘酸っぱいストーリーを聞いておしまい。…にはならなかった。 それからしばらくして。 ずっとつけていなかったテレビをある朝、何の気なしにつけて俺はたまげた。 風間翔太郎くんが逮捕されたというニュースが流れていたからだ。顔写真も、あの子だった。 テレビに齧り付く。 ニュースの概要は… 『長いこと行方不明になっていた少年が、とあるラブホテルで監禁されていたことが分かり救助されました。 監禁していたのは風間翔太郎。父親が経営するラブホテルに相手少年を閉じ込めていた疑い。 不定期に時折訪れては相手少年の食事や入浴の補助をしていた模様。 不定期に訪れていた理由は、その方が自分が来るのをまだかまだかと待ち望んでくれるから、と供述しており、余罪の追求が今後待たれる…』 「嘘だろ…?」 俺は愕然としていた。 その時ちょうどなったチャイム。心底ドキッとした。もしかして翔太郎なんじゃないかって。 一切の物音を立てずにドアの覗き穴を覗く。 ごついおっさんの二人組だった。 チェーンを閉めたままドアを開ける。 警察だった。 俺は警察から事情聴取を受けた。 風間翔太郎について知ってることを、全部吐いた。 そして警察がぽろっと溢した話を流れで聞いてしまった。 翔太郎は一度だけ、相手少年に逃げ出されたらしかった。だけどそれに気づいてすぐに再度ホテルに引き戻したが、その現場を誰か見ていないかと探っていたらしい。 ハッとした。 だからあの日、俺に声を掛けてきたのかって。 ちなみにもし俺にバッタリ合わなければ、家まで来るつもりだったらしかった。 それでその後、更に知ってしまった。 翔太郎は鞄に刃物を入れて持ち歩いていて、俺が余計なことを見ていたら殺す気だったってことも 。 あいつの優等生っぽい顔は、全部演じてられたものだってことを知った。 唯一ホンモノだったのは、相手少年への執着心だけ。 END
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