一人目

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 観客の誰もが息を呑んだ。どよめきと拍手が渦巻く中、ゆっくりと幕が下りていく。  そう、これはあくまで演劇の中でのこと。  同じ男を好きになった二人の女。どちらにもいい顔を見せる優柔不断な男。三角関係の末にもたらされた悲劇の瞬間――若い男女の愛憎を描いた、劇団ミステリー・看板劇のクライマックスシーンである。  使われたナイフはもちろん、本物そっくりの「偽物」……の筈だった。    しかし―― 「花澄さん、しっかりしてください! 花澄さんっ!!」  そのまま倒れこみ ぐったりした花澄。彼女を抱きかかえ、康治は半ば狂ったように叫び続けていた。 「二人とも いつまでやってるの。劇は もう終わったわよ」  呆れたという表情で彼らの元へ近づいてきたのは、もう一人の女性役・真里絵だ。  もっとも、彼女のほうが主演である。スタイルの良い腰に手を当て、艶のある長い髪をもう一方の手で掻き上げながら溜め息をつく姿は、さながら有名絵画のモデルのよう。  だが、康治の異常なほどの焦りが最早演技ではないと気付くのに、数秒もかからなかった。 「きゃっ! ちょ、ちょっと、何よこれ!」  花澄の胸元からどくどく吹き出す赤いものを目にした瞬間、真里絵は悲鳴を上げて仰け反った。  康治は為す術もなく、目に涙を浮かべるばかりだ。 「一体、どうしたっていうんだ!」 「何がどうなってるの?!」  舞台の上手(かみて)から友人役の雄太、下手からは照明兼音響担当の杏子が駆け寄って来た。
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