◆喪に服した日

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 え? なんかみんな、黒くないか――? 「おはようございまーす」  足を止めたぼくを置いて颯爽とタイムカードを切った先輩は、デスクにカバンを置くと、他の所員と話をしながらマフラーとコートを脱いだ。  また違和感を覚える。背中を向ける先輩のスーツが黒いのだ。それも、喪服を思わせるほどの黒。  先輩服の趣味変わった? と考えていた矢先、振り返った先輩を見てぎょっとした。  先輩はスーツの中のシャツまで黒いものを合わせていた。  素材や色味の違いで愉しむ同色コーディネート、なんてものではない。黒い革靴に黒いスラックス、黒いシャツに黒いネクタイで、上着も黒。全身異様なブラックコーディネートなのである。  しかも驚くべきことに、他の所員も皆同じ装いをしていた。 「あ、あの……先輩こそ、それで今日営業行くんですか?」 「はあ? 生駒お前さっきから何言ってんだよ。ほんと、悪ノリやめろよな」  先輩は今度こそ苛立ちを覚えた様子で「こいつさっきからおかしいんだよ」と、ぼくを親指で指した。話を振られたぼくの同期も、黒シャツ黒ネクタイの黒スーツ姿で「何がですか?」と応対している。  おかしい。おかしいのはみんなで、ぼくじゃない。  喪服なのかとも考えてみたが、でも今日誰かの身内の葬儀があるなんて聞いていないと思い直す。というか、だいたい喪服にしたってシャツまで黒いのは非常識だ。  ぼくは何が何だか分からないまま、恐る恐る自分の上着を脱いだ。ぼくのグレーのスーツを見て、みんなは何を思うのだろう。  アウターをラックに掛けて、周囲の目を気にしながらおずおずとデスクに着いた。けれど、皆いつも通りだった。変に注目もしてこなければ、指摘もしてこない。  みんなではなく、ぼくの目がおかしくなったのだろうか。いやまさか、会社ぐるみでぼくにドッキリでも仕掛けている? 「生駒さん。出勤早々に申し訳ないんですが……」 「あっ、はい」  声をかけられ振り返る。――ギクリとした。  ぼくの背後で書類片手に声をかけてきた事務の女性も全身黒服だったのである。トップスのニットからフレアスカート、パンプスに至るまで全身に黒をまとっていて、この子はいつも明るい色の服を着てるイメージだったから、まるで別人のように見えた。  いよいよ、ぼくの中で違和感が無視できない大きさに膨らむ。出勤着がオフィスカジュアルの所員含む、会社にいる全員が全員、徹底的に黒い服を着ているのだから。  ぼくは座ったばかりの椅子から立ち上がった。  他は、世界は。今どうなっている――? 「ちょっと、どこ行くんですか?!」  ぼくはオフィスを飛び出した。
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