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「……本当に、わたしたちがおかしいんでしょうか」
ぼくは黙った。彼女は誰にも言えなかった怒りや悲しみを吐き出すように、静かに吐露する。
「わたしはわたしがおかしくなったんじゃなくて、世界がおかしくなったんだって思ってます。だってわたしは何もしていないのに、いきなりこんなことが自分の身に起こるなんて信じられますか?
病気とか事故なら何か考えようがあるかもしれない。けど、これはある日理由もなく突然ですよ? しかも何の意味があるのか全然分からない。わたし服も好きだし推しのアイドルだっているし、何より……人が好きだったのに。
変わっているのは見た目、それも服だけだけど、それでも……大好きな家族にも友だちにも、どうしても共有し得ない違いを感じてしまう。それがとても悔しくて、悲しい」
夢衣子さんの切実な想いに打たれて、ぼくは何か返したくなった。けれど言葉が思いつかなくて、「……そうだよね」なんて、安い共感の言葉しか言えなかった。
だけど彼女は前向きな人だった。パッとこちらを見て、打って変わった笑顔を向ける。
「でもヒロさん、大丈夫です! こうしてわたしはヒロさんに出会えました。ヒロさんにとっても、わたしがいます! だから自分がおかしいのかもなんて考えず、自信を持ってください。わたしも、ヒロさんの存在のおかげで自分の見えているものがやっぱり正しいんだって思えます!」
「……ありがとう。なんか、力が湧いてきたよ」
ぼくは思ったありのままを彼女に告げた。昨日夢衣子さんのつぶやきをつい過去まで遡って見たときにも思ったけど、こうしたポジティブで自信のある思考は、元来彼女が持つ長所なのだろう。
「わたしもです! あっ、ヒロさん。嫌じゃなければ、付き合ってくれませんか?」
「えっ?」
ドキリとした。「付き合う」という台詞を反射のようについ恋愛事に結びつけてしまった。そしてその途端、夢衣子さんの顔の造形のかわいさや胸の大きさに気づかされてしまうのだから、どうしようもない。
しかし返ってきたのは、もちろんそんな浮かれたものではなくて。
「工場見学です! ほら、服を製造している過程、気になりません? 黒服になるヒントが隠されているかも」
「ああ……」
どこかでしっかり期待をしていた己に気づかされて、恥ずかしくなった。というか夢衣子さん、彼氏はいないのだろうか。たぶん大学では、彼女を狙っている輩は多くいるだろう。
「わたし、仲間ができたら検証したいこといっぱいあったんです。一人だと目離せないことも、二人ならできるし。あっ、辞める電話しなきゃ……」
彼女は矢継ぎ早におしゃべりを繰り広げながら、スマホを手に取った。ぼくは焦った。
辞める? まさか大学を辞めるのだろうか。いやでもあれだ、アルバイトかもしれない。ぼくは慌ててそのまま夢衣子さんに尋ねた。彼女はそんなぼくを笑った。
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