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「あっ、違うんです。わたしこうなってから、アイドル目指してたんです! ほら、有名になってテレビとかにもじゃんじゃん出れるようになったら、わたしの衣装だけが黒以外に見える人に出逢いやすくなるでしょ? それにわたしアイドル大好きだし!
すぐできるからユーチューバーとかも考えたんですけど……でもとにかく、ヒロさんに会えたので辞めます。だから、この前受けた一次オーディションせっかく受かったんですけど、辞退の電話します」
そう言って、ポカンとするぼくを置き去りに彼女は「ちょっと失礼しますね」と断りを入れてから、どこかに電話をかけた。明るく、でも礼儀正しくオーディションの辞退を伝えて、すっきりしたような顔をして電話を切った。
「他の真剣にアイドル目指してる子の倍率が減ってよかったです!」
「そう……」
もしかしなくても、夢衣子さんはフットワークがめちゃくちゃ軽いタイプの人じゃないだろうか。ぼくは彼女の行動力に度肝を抜かれた。そしてぼくは、そんな彼女の行動力によって救われた人間だ。
スクランブル交差点を、国営放送の放送時間帯やカメラアングルを調べつつ、望み薄と解っていながら毎日飽きもせずに練り歩くなんてできるだろうか。だいたい渋谷に住んでるわけでもないだろう。交通費と時間をかけてでも、アイドルになってでも、全力で仲間を探そうとしたのだ。
夢衣子さんの「おかしい」、「どうして? なぜ?」と思ったことに全力で向き合う気概と、向き合える強い心がとても素敵だと思った。ぼくの、まさしく黒く沈んでいた世界が一気に白い光を取り戻していく。
ぼくは隣でくるくる表情を変えながら、真剣に黒服の現象について語る夢衣子さんを見て思った。ぼくがこの不可解な現象に陥った理由。それは、彼女に出会うためだったんじゃないか――と。
結局ぼくらは、ほどなくして本当に付き合うことになった。工場見学を含めた検証、仲間を探す活動などを繰り返していくうちに、互いに惹かれ合っていった。他に同じ境遇の人間に出会えなかったというのもあるが、ぼくらは互いに互いのことをかけがえのない存在として認識するようになった。
そして――。
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