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夢衣子とのハネムーンで、ぼくは世界が喪に服してから初めて海外に行った。
ニュースやSNSで観てきたけれど、本当に日本以外の国でも、皆一様に全身黒い服でいるのだなと実感した。この約三年の間で夢衣子といろんな場所に行ったが、ぼくが夢衣子以外の仲間に会うことはなかった。
「ヒロくん。地球の総人口って、どれくらい?」
夕陽の美しいビーチで、夢衣子が尋ねた。
「確か七十八億人とかじゃなかった?」
「ふうん」
そう言って鮮やかな色のカクテルをくるりと混ぜた夢衣子のネイルは、きれいな石が付いている。
「本当に、わたしたち二人しかいないのかな。……白服の人」
ぼくらは自分たちのような人を、他者の「黒服の人」に対し「白服の人」と呼んでいた。ただ、ついぞ他の仲間に出会うことはなかったから、自分たちのことを指す使いどころの少ない名称となっていたけど。
ぼくは隣で潮風に髪を靡かせる夢衣子に目を向けた。一瞬の悲しげな顔を見逃さない。
「夢衣子……きみは今でも、世界が色を取り戻すことを信じてる?」
「信じてるというか、諦めてはないかな。……ヒロくんは違うの?」
「ぼくは、正直ちょっと、諦めているかも。いや、諦めてるというより、世界の色を取り戻すなんて漠然としたことより、目の前のことを大切にしたくなったんだ。夢衣子のこと、夢衣子と作っていく未来のこと……家族のことだよ」
夢衣子に、結婚してからも続いていくぼくらの幸せの話をした。未来の話をした。
「ありがとう、うれしい。もしわたしたちに子どもが生まれたら、その子はどんな世界を見るのかな」
「きっと正しい姿の世界だよ。子ども……そうだな、ぼくは三人欲しい。男の子も女の子も欲しい」
そうこぼしたぼくに夢衣子は少女のように笑った。
「ふふ、いいね。そうしたら、ヒロくんにはお仕事もっと頑張ってもらわないと。子どもかあ。けど、そう考えたら……世界も家族だね」
「どういうこと? ……きっと、いつもの夢衣子の明るい思想なんだろうね」
ぼく独りじゃ絶対に生まれない発想や考えを持っている夢衣子に、ぼくは疎外感や反感を感じたりはしない。いつもそんな彼女の思想に、ぼくは愛しさやかわいらしさを感じている。
夢衣子はそれ以上、深くは語らなかった。ぼくらは紫と桃色と橙色の美しいグラデーションをした空が深い色に変わるまで、静かで穏やかな時を過ごした。
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