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新婚旅行のハワイから帰って、また慌ただしい日々が始まった。
つい一昨日までの旅行が楽しすぎて幸せすぎて、仕事という現実は本当に憂鬱だったけれど。それでも夢衣子のことを想えば、やる気が出てきた。ぼくはマンションか戸建てか、とにかくもっと広い新居が欲しいなと考え始めるようになっていた。
夢衣子も言った通り、頑張ってバリバリ稼がなければならない。
「はぁ~生駒はいいよなあ。絵に描いたような順風満帆で」
「急に何ですか、先輩。厭味ですか?」
「厭味じゃなくて僻みだよ、ヒ・ガ・ミ!」
「誰がどう見たって幸せだろ」とぼやく先輩を尻目に、ぼくはコーヒーマシンにカップをセットする。「いや、僻むのもやめてくださいよ」と笑いながらボタンを押すと、ジュワッという音と一緒に、いい香りを放ちながらコーヒーが落ちていった。
「お前だいたいイケメンってわけでもないけど、なーんか女子ウケする顔だしさー。んで七歳年下のかわいい子と付き合って? 結婚して? 仕事も波に乗ってて俺先月ついに抜かされたし? これ順風満帆じゃなかったら何なんだよ」
「確かに……ぼくいま幸せです。胸張って言えます。今月の給料いいだろうし、家買うお金貯めなきゃ」
「こっのヤロ~~」
先輩は笑いながら、でも力強い肘打ちをしてきて普通に痛かった。手にしたコーヒーが大きく揺れる。
「わあ、危ないからやめてくださいよ! スーツ、シミになったらどうするんですか」
先輩のスーツならシミが付いてしまったところ、真っ黒なのでぼくには分からないだろうけど。
「クソ……お前より稼いでやる……」
先輩は人間に牙を向けるライオンみたいな唸り声をあげて、去っていった。
しかし事実、夢衣子との交際と結婚によってモチベーションが高まり、急に成績を伸ばし始めたぼくと競うように営業所の成績もぐんぐん上がってきていた。部長からも「生駒君、いいね! その調子でどんどん頑張ってよ。若いしまだまだ伸びる、期待してるよ!」と褒められた。
ぼくは先日のことを思い出しながら、よし! と気合を入れた。コーヒーを飲みほして、夕方からの商談に備えた。
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