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「め……夢衣子? おい、夢衣子?!」
ぼくは布団を撥ね上げ、恐怖に駆られて夢衣子の華奢な肩を揺さぶり起こす。傍らに転がったパジャマが目に入って、悲鳴をあげた。
夢衣子のパジャマは黒い光沢を放って床に転がっていた。嘘だろ? 嘘だと言ってくれ! 当然、ぼくらは互いに心配と不安を与えないように、部屋着から下着に至るまで黒い服は選んでいなかった。
目を覚ました夢衣子は、眠気がまだ残っているだろうに、動転したぼくを見て何事かと驚いた様子で起き上がった。目をこすってから、ぼくに話しかける。
「ヒロくん……おはよう。どうしたの?」
「服が、パジャマが……! きみの下着が……黒い」
夢衣子は首を傾げて、ベッドの上で正座を崩した姿勢で、自分の下着に目をやった。もう一度首を傾げてから、ぼくに言う。
「ヒロくん、どうしたの? これ、白だよ?」
「ああ……」
ついに夢衣子が黒服になってしまった。何が起きたんだ? 何が原因だったんだ? ぼくが何かしてしまったのか――?
フラフラと倒れるようにベッドに腰を下ろしたぼくを、夢衣子が心配そうに覗き込む。「大丈夫? 調子悪い? そうだ、ちょっと待ってて。あったかいコーヒー淹れてくるね」と言って、黒いパジャマを拾って羽織りながら、足早に寝室を出て行った。
ぼくは絶望した。震えた。手っ取り早くスマホをいじり、SNSを確かめた。相変わらず世界の人々は黒い服を着ており、ぼくに変化はなかった。そうだ、夢衣子はどうだろう?
ぼくは最悪の情景を想像しながらも、わずかな望みにすがるように写真フォルダをタップした。ゾッとして吐き気が込み上げた。一面に広がる、黒服を着た夢衣子との思い出の写真たち――。
「うわああああああぁぁっ!」
冷静さを失い、頭を支配した恐怖に駆られるがまま悲鳴をあげた。
ぼくの手から離れたスマホがものすごい音を立てて壁にぶち当たった。悲鳴と物音に驚いた夢衣子がキッチンからすっ飛んで来て、ぼくの背中をさすりながら優しく宥める。
「ヒロくん、どうしたの?! 大丈夫だよ、わたしがいるよ!」
「く、来るなっ! 一人に……一人にさせてくれっ!」
夢衣子はすごく優しい。白服だったときと変わらず、強い慈愛の心と安心感ある言葉をもって、おかしくなったぼくに接してくれる。
でも、そんな白服の面影しか残っていない夢衣子なのに、黒い服を着ているというだけでぼくは信じられなくなる。
夢衣子は困惑した様子で、それでもぼくに「何かあったらすぐ呼んでね。ずっとリビングにいるからね」とやさしく言い置いて、湯気を放ったマグカップをぼくにしっかり握らせると、ベッドルームを出て行った。
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