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夢衣子のいなくなった寝室で、ぼくは子どものように泣きじゃくった。
“わたしじゃない。ヒロくんが……不安なんだよ――”。
夢衣子の昨夜の言葉を反芻して、馬鹿みたいに頷いた。ああ、ぼくはとても不安だった。
夢衣子には言わなかったことがある。ぼくはきみを愛するあまり、世界の喪が明けなければいいと思っていた。世界が色を取り戻したら、行動力にあふれるきみがぼくを置いてどこかに行ってしまうんじゃないかと、本気で思ったんだ。
ぼくはそういう自分の弱さに触れて、気がついた。ぼくは夢衣子のことを信じていたわけじゃないのかもしれない。白服であるから信じられた。
いやでも、それってしょうがないことじゃないだろうか。白服であることを含めて、夢衣子が好きだったのだ。愛していたのだ。
ぼくは変わらずに鮮やかなブルーのストライプをしている、自分のパジャマを手に取った。抱きかかえる。一層のこと、ぼくも夢衣子と一緒の黒服になってしまいたい。
どうして。どうして神様は夢衣子だけ連れて行ってしまったんだ――。
だがぼくは黒服になることはなく、――恐らく超常現象の記憶を喪失して世界の景色が元に戻ったとき、ぼくは黒服になっているのだろう――、夢衣子のぼくとの白服の記憶は戻らないままだった。
そう、夢衣子にぼくらの出会いのことや様々な検証に至ったデートのことなんかを話しても、都合よい記憶にすり変わっていたのだ。あの素敵な馴れ初めも、ぼくが渋谷にいた夢衣子に一目惚れしてナンパしたことになっていた。
ほどなくして、ぼくと夢衣子は別居することになった。突然豹変したように鬱屈し、黒服などと意味不明なことを言い離別を言い渡すぼくにわけが分からず泣いて訴える夢衣子を見ても、ぼくは恐怖には勝てず、離れる決断を覆すことはしなかった。
こうしてぼくはまた独りになった。三十歳の、夏を迎える直前のことだった。
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