◆甘くて甘いお菓子

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「赤はね、古くから魔除けの色とされているんですよ」 「そ、そうですか……」 「ほら、神社の鳥居って赤いでしょう。それから『赦し』という漢字。赤という漢字そのものが、穢れを取り除くという意味があるんですね。だから私はね、斉藤にも猪狩にも、そして教徒さん全員にもなるだけ面積の広い、赤い服を着てもらってるんですよ。建物の外側、あとこの部屋を赤くしてもらったのもね、その為です。……マーセスの脅威を撥ね返すためにね」  言いながら、赤間はその赤い玉座から悠揚と立ち上がると、自身で広い座敷の襖を開け始めた。赤い間に灯された仰々しい明かりを押しやるほどの、眩しい陽が入る。  ぼくはとっさに手伝ったらいいのか大人しくしていればいいのか分からず、尻を座布団から離したり付けたりした。赤間はそんなぼくを気にも留めずに言う。 「気持ちのいい庭でしょう」 「あっ、はい」  言われて、赤間の動作に向いていた視線を開け放たれた襖の外に移した。刹那、不覚にも心が洗われるような感覚に陥った。  畳一畳分幅の縁側の先、確かに立派な庭があった。その美しい枯山水と吹き込んでくる夏風とで、とても涼し気に感じられた。  同じものを感じているのか静かに庭を眺める赤い着物姿の赤間に、ぼくは初めて自分から声を掛けた。赤間の背中が「聞きたいことがあるなら何でも聞きなさい」と分かりやすく語っていたのだ。 「あの…………マーセスとは、何でしょうか」  赤福様は一呼吸置いて、ゆっくり振り返る。 「そうですねぇ。……あなたは、世界の人々が黒く染め上げられて何を思いましたか」  質問を質問で返される感じがいかにも教祖っぽい。だけどそんなことよりも、夢衣子以外の白服側の人間と話しているという実感がぼくに安堵を覚えさせようとしてきて、自分に嫌気が差した。  ぼくの返答を求めてはいなかったのか、赤間は続ける。 「自分以外の者が何者かになってしまう……感じたのは孤独でしょうか、狂気でしょうか。それとも、仲間に対する強い信頼でしょうか」 「! 夢衣子(仲間)に対する……信頼……」 「いいですか。マーセスとは、社会に生きる人間を黒服たらしめる諸悪の根源です。大衆にとっては無害で秩序を与える一面を持っていたとしても、私たちのような少数派には害をもたらす、全人類を包括し得ぬ危険で野蛮な思い込み的常識……これこそがマーセスの邪心です。黒い服を着る者は皆、目が曇っているのです。信念を持てず、常識という色に染まってしまうのです。  赤達磨教の赤達磨とは、邪気を払おうとする強い心、真実を視ようと大きく開く目を表しているのです。この信仰と心眼を持てば、黒はやがて消え去るでしょう」  “信頼”、“黒はやがて消え去る”――。教祖なだけあって言葉が上手いと感じた。まるでぼくが夢衣子という最愛の仲間を失ったのを知っているような口ぶりで、疲弊したぼくが実は一番欲しがっていた言葉を落としていく。  騙されるなと頭を振った心の中で、ぼくは夢衣子への信頼を嘘ではないと初めて他人に肯定されたような、救われた気持ちを同時に感じていた。  赤福様はいつの間にか、ぼくの目の前に座っていた。ぼくがハッとして顔を上げると、瞳の見えない細い目で、優しい笑みを浮かべている。ぼくは床の間に並ぶ瞼を切り落とされた赤達磨たちの視線に刺されて、動けなくなっていた。  ――そんな静止した時間を動かしたもの。 「赤福様。準備が整いました」  斉藤さんと猪狩さんが持ってきた「アレ」だった。
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