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ぼくはさっきまでの、赤の間でのささやかな幸せが急に気持ちの悪いものに感じられた。
ぼくは自分の子どもが追い詰められている現実にも気づかず目先の利益と名声に飛びついている赤間が、急に浅はかで哀れで、とても残酷な人間に思えた。
甘ったるい餅が喉までせり上がって来るような感じがして、同時に目が覚める。ぼくは馬鹿だ。弱すぎる。危うく赤間に漬け込まれるところだった。
ぼくは何の罪もない、中身のぎっしり詰まった未開封の銘菓を掴むと、さっさと立ち上がってゴミ箱に放り込んだ。手を叩き、ふうっと深呼吸と一緒に覚悟を入れ直して、振り返る。
「成彦君。きみがきちんと親御さんの許可を得るなら、東京に連れて行ってあげてもいいよ」
「ほんと?!」
「うん。あのね、ここだけの話……ぼくはジャーナリストで、赤達磨教のことを調べるためにここに来たんだ。だから信者ではないけど……上司に言い訳するためにも、もう少し内部のこと調べて、行事や活動には一通り参加する必要がある。
でも、ぼくは赤達磨教のことは決して記事にはしないよ。約束する。さっき君のお父さんにも会ったけど、別におかしなことをしているわけではなかったから、上司にも無害で記事にもならない団体だって言っておく」
事実、赤達磨教は誰かに迷惑をかけたり乱暴を働いているわけではなかった。ただ見た目が異様なので……まあ少しは迷惑かもしれないが、とにかく違法な悪い団体ではない。全員と会ったわけではないが、教徒の人間もきっとそこいらにいるのと変わらないごく普通の人たちなのだろう。
ぼくは続けた。
「ええと、だから……明日からすぐにとはいかないけど、君も夏休みはきっと来週からだろ? だから、それまでにきちんと許可を取って、東京に行くのは夏休みに入ってからにしよう。いいね?」
「わ、分かった……!」
成彦君の隠しきれない歓喜の様子を見て、ぼくは自分が人助けをしたような錯覚に陥っていた。
この中途半端で無責任な正義感から吐いた嘘が、取り返しのつかない事件を引き起こしてしまうと知らずに――。
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