◆喪に服した日

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 満員電車、視界は人の頭ばかりで意識をしていなかったけど、今思えばあの車両にも、黒以外の服を着ている人はいなかったんじゃないだろうか。  ぼくの息があがっているのは急いでいるからではないだろう。  廊下ですれ違う人、エレベーターで一緒になる人、ぼくの会社じゃない人もみんな一人残らず黒服だ。眼鏡やアクセサリーの類だけは別の色であるのに、身にまとう洋服や靴や鞄だけが、皆一様に不気味なまでに黒色なのだ。  冷汗まで流れ出す。そうだ、あそこはどうだ――?  ぼくはビルの一階に入っているコンビニチェーンに駆け込んだ。レジを打つパートのおばさんを見て愕然とする。  濃いオレンジ色がトレードカラーのこのコンビニで、指定の制服さえもが黒一色だったのである。ロゴまで黒に塗りつぶされていて、何が何だか分かりやしない。  心臓の早鐘が何かの始まりを告げるように、いつまでもバクバクと鳴り続けていた。 ***  翌日、午前。通院すると嘘をついて、ぼくは半休をもらった。  一日が経っても、ぼく以外の誰もが全身黒い服を身にまとっていることに変化はなかった。  街じゅうを通り過ぎていく人という人の、衣類という衣類が変わらずに黒一色だ。それこそ老若男女、散歩をしている犬さえも黒い服を着ている。見つけたときは、思わず目を見張ってしまった。  だけどそれでいて、このこと以外はまったくこれまでと変わりがないというのが現実だった。全身黒い服でいるということ以外、誰の態度も視線もいつも通り、ごくごく自然だった。  だからいつものように仕事は進み、結局昨日だって早く退社したかったのに、いつものように残業を押し付けられてしまったのだ。 「いらっしゃいませ」  自動ドアをくぐる。  ぼくは今、隣駅にあるショッピングモールに来ていた。もちろん楽しいお買い物ではなく、昨日できなかった"検証"をするためだ。  ぼくはカフェや輸入食品を扱うスーパーを抜けて、目的の衣料量販店に一目散に向かった。  まずは外観から、色とりどりの服が並ぶのが見えて少しホッとした。黒い服ばかりが陳列されていたらどうしよう、と異様な光景を想像して恐怖していたが、そうではなかった。  ひとまず、巷で売っている服は黒ではないということが分かった。  ほかにぼくが検証したいこと。他人が買う服、試着する服は何色なのか。もし黒ではないなら、どんなときに黒に見えるのか。  それから、ぼくが新しく買う服は変化したりするのか? ということ。実際に試してみようと思う。  ちなみに、ぼくの家のクローゼットは黒一色に染まってはいなかった。グレーのスウェット、白のサイドラインのパジャマで眠ったが、朝起きてもそのままだった。
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