◆喪に服した日

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 ぼくは買い物客を装って、店内にいる人を観察した。すぐに、一人の客に目をつける。  髪を明るく染めた二十代前半くらいの若い女性で、淡いグリーンのスカートを手にしている。形が気になるのか、鏡の前で当てたかと思うとすぐに移動した。  しめた、フィッティングルームに向かうらしい。ぼくは後を追った。  個室が並んだフィッティングスペースは幸い、女性以外のお客さんも店員さんもいなかった。  スカートをかかえた彼女が個室の一つに入る。ぼくは試着室に一番近い売り場で、視界で捉えられるギリギリの瞬間までその服に視線を注いだ。カーテンの奥に消えるまで、スカートはきれいなグリーンのままだった。  しばらくして、シャッとカーテンが開く音がした。  ぼくは勢いづいて目を向けた。試着したスカートを履いて外に出てきてくれなかったことを残念に思うより前――ゾッとした。  女性が手にしていたのは、黒いスカートだったのである。紛れもない、さっきまで春らしい素敵な緑色をしていたあのロングスカートだ。  これがぼくが最初に目にした、服が黒に転じる瞬間だった。  ぼくは愕然として、女性の持つその真っ黒な布の塊から目が離すことができなかった。もう一着、あのペールグリーンのスカートをどこかに持っている様子はない。  なんだこれ、まるで手品じゃないか。いつ変わったんだ? 試着室で一体何が起きたんだ?  通りすぎていく女性を尻目に、ぼくはフィッティングルームに駆け込んだ。先ほどまで女性が着替えていた個室を勢いよく覗き込む。  そこには何もなかった。大きな姿見に、ぼくの驚愕に打ち震える姿が映っているだけだった。  いてもたってもいられなくなり、今度は駆け戻った。女性に声をかける。 「あのっ、そのスカート! その今手に持ってるスカート、何色ですか? 黒ですか? いや、どう見ても黒ですよね?!」 「ちょっと、何なんですか?!」  ぎょっとした女性の顔が、一瞬にして不審者を見る目に変わる。女性はぼくの問いには答えず、避けるように半身を逸らした。 「ま、待って……!」 「人呼びますよ! あたし、気づいてましたから。さっきから試着室覗いたりして!」  騒ぎに気がついたのか、遠くから若い男性店員が訝しげに近づいてくるのが見えた。ぼくは一瞬店員さんに服の色について聞き縋ろうかと思ったが、怖い顔で駆け足に変えたのを見て、反射的に踵を返す。 「ちょっと、お客さん!」  ぼくは逃げるように店を後にした。
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