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初めて手品みたいな現象を目の当たりにして、思わず気が動転してしまった。カフェチェーンの一人席で、ぼくは飲み物に口をつける前に眉間を揉んだ。
あの後も懲りずに、衝動に駆られるまま別の店で客をつけてみたり、会計の様子を窺ったり、自分でも服を買ってみたりした。そうした中で、いくつか分かったことがある。
販売されている服は、他人が手に取ると、一瞬でも目を離した隙に黒になってしまうこと。黒い服が売り場に戻された場合は、それは黒い服のままなのだが、これも目を離した隙に元の色に戻っていること。
色のついたままレジへ持っていかれた服は、必ず店員さんが要らぬ気を利かせて裏から同じ服の黒バージョンの在庫を持ってきて、それを販売してしまうこと。もちろん色のついたままショッパーに入っても、取り出すころには黒に変わっている。
ぼくが自分で買った服は袋に入れても何をしても、黒に転じることはなかった。「新しい在庫ありませんか」と言って裏から新品のものを持ってきてもらっても、ぼくが買うものだけはそのままの色だった。
あとは、偶然そのまま着用して帰るとピンク色のマフラーを買ったおばあさんに出会え、意地でも目を離さないようにしながら後をつけていたのだが、モールを出る前にトイレへ入ってしまい、出てきたころには期待外れの黒いマフラーをしていたということがあった。
周囲の人がちらちらおばあさんを見ていたから、きっと派手な色の服を着ていたのだろう。ぼくには黒色のニット帽に黒色のコート、そこに黒色のパンツを合わせた至って地味な服装にしか見えなかったけれど。
とにもかくにも、他人の鮮やかな服はどんな状態だろうと、ぼくが目を離した一瞬の隙にたちどころにどうにかなってしまうらしかった。
一体何なのだろうか。もうこの黒服の現象には蓋をして、いつも通りの生活を送ればいいのだろうか。そうしたらいつの間にか元に戻る日が来るかもしれない。でも一方で、この黒い服に染まった世界で一生を過ごすことにもなるのかもしれない。
自分以外の人間が皆一様に、当たり前のように全身黒い服を着ている光景というのは、簡単に無視できるようなものではなかった。徹底的なまでの黒服ということもさることながら、誰も自らの異質さを感知しておらず、たった独りぼくだけが知らない世界を見ているような、そんな孤独感が何より恐ろしいのである。
ぼくは考える。物事が生まれるのには必ず理由があるはずだ。現象にはそうなる理由があるはずなのだ。そしてその糸口を掴むためにも――まずは仲間を見つけよう。
ぼくはグラスにポーションミルクを垂らして、じわじわとキャラメル色に変化するコーヒーの黒を見つめた。覚悟を新たにしたぼくは、スマートフォンを手に、仲間探しを始めた。
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