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翌日、SNSの彼女と待ち合わせた。ぼくらの互いの目印は「黒以外の服」それだけだったが、やはりそれだけで充分だったと思い知らされた。
駅を降りる。ものすごい人混みだが、相変わらず皆一様に全身黒い服を着ている。髪の色が派手な人間だけがやたらと目立っていた。
そのまエスカレーターを下って、渋谷の地へ降り立った。周囲に目を走らせつつ、ゆっくり歩き出す。
待ち合わせはハチ公前でもモヤイ像の前でもなかったが、ぼくらはすぐに見つけられた。
ぼくが黒にあふれた人混みの中で彼女を見つけたときの気持ちは、他の誰にも分かりやしないだろう。想像もできやしないだろう。ぶわりと肌が粟立ち、胸の辺りがじわっと熱くなったかと思うと、眼球に安心と歓喜から来る不可抗力の膜が張った。
これは、ぼくの人生最大の瞬間だったと言っても過言ではない。
比喩でもなんでもなく、ぼくには彼女が天使に見えた。
彼女も近づいてくるぼくに気がついたらしい。一瞬驚いたような顔をしてから、会釈をする。ぼくも同じものを返して、小走りに彼女の元へ向かった。
彼女は敢えてなのか、テレビに映ったときと恐らく同じ、白いワンピースを着ていた。コートも白いショート丈のダッフルコートで、さらに質の良さそうな白いマフラーを巻いている。……思ったより、とても若い人だった。
「はじめまして。モコモコ羊です。ヒロさん、ですよね?」
「はい。えっと、生駒宏紀と言います。モコモコ羊さんは……」
「宮田です、宮田夢衣子」
彼女はもう一度お辞儀をしてから、ぼくをつむじからつま先までまじまじと見つめた。そして破顔する。
「驚きですね!」
「ですね。ぼく今、すごく感動しています。夢衣子さんのその白いワンピース、とてもよく似合っています」
「ありがとうございます。ヒロさんも似合ってますよ、そのモカのコートもベージュっぽいニットもブルーのシャツも全部! やっぱり同じ境遇の人同士は、服の色そのままで見えるみたいですね。よかった! あっ、どうしよう。立ち話もなんですし、どこか入りましょう! あそこでいいですか?」
彼女の「どうしよう」とは、話したいことがありすぎて止められなくなってしまうことに対する嬉しい戸惑いの言葉だろう。ぼくも同じ気持ちだからよく分かった。
こういう共感の気持ちがいやに新鮮に感じて、ぼくはまた簡単に感動してしまう。
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