第一部 今彼ったら最悪‥‥

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それが、腐乱健太との、コトの始まり。 1週間後、再びサロンにやって来た彼に、 「どうか僕を貴女の実験台にして下さい!」と 土下座されてしまった。 此奴(コヤツ)も既に、魔女一家相伝の 高濃度とろみジェルをふんだんに使用する、 病みつきボディトリートメントの虜になった らしいが、 元来、実験台として産まれ落ちた身を呪うよりも、 いっそ実験台としてのアイデンティティを 確立しようとする、前向きな心意気に、つい (ほだ)される形となった。 あのドス黒かった顔色は、それなりに 青年らしい艶と張りを取り戻しており、 健太は、不気味な見た目とは裏腹に、どうやら 心はウブそうな、人造人間なのであった。 生来、探究心と向上心を持ち合わせていたのが、 せめてもの幸いである。 ミニマリストで無類の負けず嫌いであり、 公立の図書館に通い詰め、棚にある書物の 端から端まで殆どを半年で読破してしまうほどの、 根を詰めた読書法を貫き、知識で頭がパンパンに なり、頭蓋骨が(いびつ)に変形してしまっていた。 焦燥感が、彼を追い立てるのだ。 彼の生い立ちを知れば、それもそのはずと思わずに いられない、彼に子供時代は無いのだから。 目が覚めたら、いきなり青年から始めなくては ならないなんて、産みの親である博士の 悪戯心にも、ほどがあるというものだ。 その上、自分でやらかしたことに恐れ慄いて、 ついでに借金まで押し付けて、産まれたての 健太を置き去りにしてトンズラするとは、 科学者の風上にも置けない野郎だ。 しかも、健太の頭と胴と手足のセッティングの アンバランスさときたら、 幾らお試しの、やっつけ仕事とはいえ、 博士よ、美的センスが悪いにも程がある!と、 私は美意識を司るプロとして、怒りを覚えた。 と、同時に、それでも情けない現状に屈せず、 明日を健気に夢見る健太に、 母性愛に似た感情が芽生えたのかも知れない。 「そうね今回も、貴方の体内にこれでもかと、 巣食ったカビを分解するスペシャルなジェルを 用いて、全身を再び揉み揉みしましょう。 そのトリュフみたいな発酵系の体臭も消えて、 ついでにお顔まで小さくなりますよ?」 「あー、僕、楕円形のおっきい顔もコンプレックス だったんです!」
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