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魔法使いは、意外と身近にいる。私……槇 杏美がそうだ。
どうやって魔法を使うか? もちろん、魔力を使って。
では魔力とはどんなものか? それは、他の人から奪うもの。正確には、他の人の感情を魔力に変えて摂取する。雨水を濾過して飲み水にするような感覚だ。
だから、私たち魔法使いは人が好き。色んな感情を持っている人は特に。
今、私の目の前にいる幼なじみ……森隈 光太郎のような。
「なぁ槇! 聞いてくれ。隣のクラスの恩田さんが……!」
「はいはい。お代は先払いで」
私が差し出した掌に、この男はキャンディを一つ載せた。
熊みたいな図体をした黒髪短髪の、見るからに厳ついご面相の森隈は、顔を赤らめて迫ってくる。ちなみにこいつのあだ名は『森の熊さん太郎』……略して『熊太郎』だ。
断っておくけど、『好き』というのは惚れた腫れたの意味じゃない。『好物』という意味。
だって人の感情というものは、美味しいから。
喜び、期待、驚き、安心、達成感、充足感……そういったいわゆる正の感情は、摂取するとだいたい美味しい。
なかでも一番美味しいのは……『恋心』だ。甘くて濃厚、ほんのちょっぴり苦くて、でもくせになる。
さっき受け取ったキャンディをぽいっと口に放り込むと、蕩けそうに甘い魔力が体に満ちる。
この熊太郎は小さい頃から惚れっぽい奴で、恋のボルテージが年がら年中上がりっぱなしの恋だらけの男だった。
親戚連中の魔法使いたちは皆、お店をやったりして魔力を手当たり次第集めているのだけど、私の場合、こいつがいれば十分だった。
小学生~高校生になった今でも、放課後の誰もいなくなった教室で、この男の恋バナの聞き役を務めてきた。ちょうど今のように。
語り出したら、いつも止まらない。一度恋に落ちるとあっという間にのめり込む。その『恋』は深く、広く、そして烈しかった。
濃厚な語りを聞くお代は、彼の恋心がたっぷり籠もったキャンディというわけだ。
「恩田さんはな、なんかこう……可愛らしいんだ! すごく良い子で、誰とでも仲良くしてくれてな、どんな話も楽しそうに聞いてくれるんだ」
「そうかぁ。確かに良い子だよね。それにあんたが今まで惚れてきた子達ともちょっと違うし」
「そうだろ! それにちょっと変わっててな……それで、ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「なに?」
この男の『頼み事』を、私はいつも快く引き受けてきた。好きだからとかそういうのじゃなくて、引き受けた方が美味しい魔力が摂取できるから。
ただ、割に合っているのか考えると時々首を傾げたくなる。だってこの男、いつもいつも無茶なお願いばかりしてくるから。
今日はいつも以上に深刻な顔をしている。これは覚悟を決めた方が良いかもしれない。
私が腹を決めると同時に、熊太郎は意を決したようだった。ぐっと拳を握りしめ、大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「俺を……王子様にしてくれ!」
「……は?」
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