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ラドルハルトは仄暗い感情を抱く
普段は眼帯に覆い隠している、空洞になった目蓋の内部が突然疼き出し、ラドルハルトは右手で眼帯を押さえた。
脳裏に浮かんできたのは、己の失態で兄に奪われた右の眼球が見ているだろう靄がかった景色。
景色は数秒で途切れ、疼きもすぐに治まった。
「陛下? どうされましたか?」
執務机に肘をつき、黙り込んだラドルハルトへ側近は声をかける。
左目蓋を閉じ、脳裏に広がった情報を整理したラドルハルトはゆっくりと顔を上げた。
「……奪われた右眼が見つかった」
「では! 今すぐにでも回収に向かいましょう!」
「阿呆。触れられる者は限られているだろう。俺か皇族の血を持つ者か、眼に選ばれた者だ」
自分の一部であった右眼は自我こそ持たないものの、魔力によって腐らず他の物に擬態している。
生意気にも、気に入らない者は触れるのすら拒んでいるらしい。
その好き嫌いのおかげで、ラドルハルトから右眼を奪った兄は破壊することが出来ずに、封印術を施した箱に入れて放流したのだ。
「まさか、所持している者が陛下の眼に選ばれた者だとおっしゃるのですか?」
右眼に宿った魔力を悪用したら面倒だと、側近の言いたいことが伝わって来てラドルハルトは指先に込めた魔力で空中に世界地図を描いた。
「さあな。だが反乱分子を全て片付けたら回収しに行く。それまでは、持ち主には遊んでもらう」
魔力で描いた世界地図の中で、右眼が所在を伝えて来たフォレス王国だけが青い色に包まれた。
フォレス王国の何処に右眼が有るかなど、繋がってしまえばすぐに調べられる。
右眼の持ち主に声をかけたのは、単なる気紛れと空いた時間の暇潰しだった。
「そんな男など潰してしまえばいい」
「潰すのはちょっと……相手は格上の侯爵家ですし、一応婚約者への情もまだあって出来ないのです。見限ってしまったらご両親から勘当されそうで、少しだけ可哀そうかなって。時々、優しい時もありますし」
婚約を解消するのも難しく、叩き潰すのも情があると甘いことを言う娘に対して苛立ちを覚えた。
「馬鹿な娘だ」
右眼さえ回収さえしてしまえば、クラリッサと名乗った娘が己に似て気まぐれな右眼に選ばれていようが、関係を切ることは簡単だった。
関係が切れずにいたのは……何故だと考えてすぐに答えまで辿り着く。
(俺自身が、クラリッサとの会話を楽しいと思ってしまったからか。くそっ何てことだ)
媚びを売る女達とは違う素直な反応を返すクラリッサとの会話は気楽で、いつの間にかもっと話していたとすら思っていたらしい。
婚約者について愚痴を吐き出すのに、見捨てられないクラリッサへの苛立つのは彼女への興味を抱いてしまったからだ。
ハッと息を吐き出したラドルハルトは自嘲の笑みを浮かべた。
「フォレス王国の貴族について調べろ」
「は? 失礼いたしました。すぐに調べます」
側近が調べたフォレス王国の貴族一覧の中から、一人の少女の名前を見付けだした。
一覧と右眼の見ている情報を基にして、フォレス王国へ使い魔を送りクラリッサの姿を記録し送らせた。
「クラリッサ・ホークケン」
婚約者のせいで自分のことを卑下していたが、クラリッサの容姿は可愛らしかった。
姿を知ってしまうと、右眼が伝える声と不鮮明な映像だけでなく、実際のクラリッサに会ってみたい。
婚約者へ憤慨して涙を流すのではなく、自分が彼女を泣かしてみたい。
笑った顔を見てみたいという、歪んだ欲求が湧き起こる。
「楽しませて貰っている礼に、少しだけ手を貸してやろう」
握った右手を開き、手のひらの上に魔法陣を出現させる。
発動させたのは、対象者の心を弄る精神干渉魔法。
トルメニア帝国とフォレス王国では距離があるため、効果は薄いだろうが歪は生じる。最初は小さな歪みでも、時間の経過とともに大きな歪みへと変わっていく。
帝位以外のモノで、欲しいと思ったモノを手に入れるための計略を組み立てながら、ラドルハルトは残酷な笑みを浮かべた。
おしまい?
✱✱
ありがとうございましたm(_ _)m
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