クラリッサと“ラド”

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クラリッサと“ラド”

 上質な魔石が採掘される山々と、山々から流れ出た魔力を帯びた水を湛えた広大な湖を有するフォレス王国。  豊かな資源によって小国ながら、隣国はもとより中央大陸をほぼ掌握している帝国からも優遇され、国民の多くは他国に比べて高水準の生活を送っていた。  資源以外にも、四季折々の自然の変化を楽しめるフォレス王国は観光地としての人気も高い。  王都に在る王立学校には、貴族の子息子女や上流家庭の平民の子どもが通い、他国からの留学生も多く在籍していた。  放課後、中庭から聞き覚えのある声が聞こえた気がして、当番日誌を書いていた長い紺紫色の髪の女子生徒は、ペンを持つ手を止めて顔を上げた。  気のせいではなく、男女の楽しそうな笑い声は外から聞こえて来る。  窓を閉めなければと、女子生徒は椅子から立ち上がり教室の窓へと近付き、中庭を見下ろした。 (うわぁ、あの二人は……)  中庭の日当たりの良いベンチには、金髪の男子生徒と明るい栗色の髪を耳の下でツインテールにした女子生徒の姿が見えた。  腕を絡ませて密着した二人は楽しそうに談笑し、女子生徒の甲高い声が辺りに響く。   中庭の目につく場所に居るものだから、眉を顰めながら二人の近くを通って校舎へ向かう生徒達の姿もあった。 「我が婚約者殿、レックス様は今日も恋人と仲良しみたいね」  周囲を気にしない二人の様子に、窓から見下ろしていた女子生徒の口から、呆れの声が漏れる。  以前だったら、婚約者が自分以外の女子と仲睦まじくしている事実に動揺していたのだが、今は嫉妬も失望も全く無い。  授業も終わった放課後に恋人と仲良くしても咎められる事はないとはいえ、もう少し目立たない場所で仲良くしてほしいと呆れてしまうくらいだった。  開いていた窓を閉めて鍵をかけて、女子生徒はくるりと背を向けて机上に置いた当番日誌と、机横のフックにかかっている通学バックを手にした。 「―ということがありまして。お二人が中庭から居なくなってくれるのを待っていたら、寮に帰るのが遅くなってしまいました」  制服からワンピース型の寝間着に着替え、木製のベッドに仰向けに寝転んだ少女は立てていた足を伸ばし、ヘラリと笑った。  両手で持つのは、片手の平に収まる円形の魔石。  瑠璃紺色の魔石を光に透かすと、内部には金色の縦長の模様が見えた。 『堂々と見せ付けて来るなら、クラリッサも堂々とそいつらの前を横切って帰ればよかっただろう』  魔石から発せられる男性の声に、少女、クラリッサは唇を尖らせる。 「お二人に近付くと、何故か恋人さんが怯えてしまい婚約者殿から「睨むな」と怒鳴られますから。近付きたくないんです。教室に残っていると分かっている私に、仲睦まじい姿を見せ付けて満足しているようですし、そんな方達とは関わりたくありません」 『お前は言われたままで、婚約者が他の女に入れ込んでいても腹も立たないのか?』 「元々、御祖母様が決めた婚約、仲が良かった従姉妹との約束とやらで決まった婚約ですし、お互い納得できないのは当然よね。婚約が決まった後に会った時「汚い髪色で気持ちが悪い」と言われたくらい、私のことは気に入らないみたいです。婚約者殿が他に恋人を作るのは今回が初めてではないですしね」  物語のお姫様のみたいに、明るい髪色と明るい色のつぶらな瞳の女子とばかりお付き合いしている婚約者は、クラリッサの見え方によっては黒色に見えるの紺紫色の髪と、琥珀色の瞳の色が気に入らないと何度も言われている。  少し吊り上がった目つきと、髪色のせいできつめな性格だと思われやすいクラリッサとは真逆のタイプ、淡い髪色の守ってあげたくなるような女子を好む婚約者と今さら分かり合おうとは思わない。  フンッと鼻を鳴らしたクラリッサの耳に男性の笑い声が届く。 『そんな婚約者など見限って、再起不能になるくらい叩き潰してしまえばいいだろう』 「もうっ、叩き潰すのは無理です。毎回言っていますけど婚約者殿の家は侯爵家で、我が家よりも格上ですしね。婚約解消をしたくても、婚約者殿から申し出てくれないと色々面倒なことになるんです。両親に迷惑がかかるとか、私の嫁ぎ先がなかなか見つからなくなるとか」  古い考えを持つ者が多いフォレス王国では、貴族子女のほとんどは学園卒業後一年以内で婚約者に嫁いでいく。  たとえ相手に非があり、婚約を解消したとしても女子にも何か問題があったのだと言われてしまう。  自分の嫁ぎ先は親子ほど年の離れた男性の後妻となるのかと、クラリッサは思わず片手で顔を覆った。
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