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「あー面倒だな。でも……婚約者殿のおかげでラドさんとお話出来るようになったから、それは良かったと思っていますよ」
『……そろそろ寝ろ。明日も早いのだろう』
先行き不安な気持ちが伝わってしまったのか、魔石から聞こえてくる男性、ラドの声が若干優しくなった。
顔を動かして、枕元の置時計を見て時刻を確認する。
「ああ、もう時間ですか? 今日もありがとうございます。おやすみなさい」
『おやすみ』
挨拶をし終えると、魔石から放たれていた淡い白色の光が消えて、ラドの気配が完全に無くなる。
上半身を起こしたクラリッサは、サイドテーブルの上に置いてあった金細工で装飾された箱へ魔石を仕舞い、蓋を閉じた。
(次から次へと恋人を作る婚約者殿には腹が立つけど、ラドさんと繋がれたのは彼のおかげなのよね)
部屋の灯りを消し、ベッドサイドのランプを魔力で灯したクラリッサは、再びベッドに寝転んで目蓋を閉じた。
***
後に通信用の魔石だと判明する魔石を手に入れたのは二月前。
ホークケン伯爵家子女、クラリッサ・ホークケンは、ナリエッティ侯爵子息、婚約者であるレックスが新しい恋人と付き合い始めたとことを知り、今回はどんな嫌がらせをされるのかと頭を悩ませていた。
お互い恋慕は全く無い婚約者が恋人を作るのはもう慣れたとはいえ、仲睦まじい姿を見せ付けて恋人とクラリッサを比較して、乏してくるのは何度されても慣れない。
わざとしていると分かっていても腹が立つ。
歴代彼女とのお付き合い期間を考えれば、今回も半年後には別れるだろう。
顔を合わせる度にナリエッティ侯爵夫妻から頭を下げられて、胸が痛くなるのはもう懲り懲りだった。
鬱々とした気持ちを紛らわそうと、週末になり学園寮から出たクラリッサは買い物をするため、王都の中心部へ向かった。
商店が建ち並ぶ大通りから外れた路地の奥、異国情緒のある店構えに惹かれて初めて入った店は、異国から取り寄せた珍しい品が並んでいてクラリッサは瞳を輝かせる。
ガチャンッ!
棚に並ぶ装飾品を見ていたクラリッサは、目の前の棚に気が付かず棚に置かれていた箱を床に落としてしまった。
慌てて拾い上げたのは、金細工の豪華な装飾が施されている豪華な箱。
床に落ちた衝撃で箱の角が若干欠けてしまい、クラリッサは蒼褪めた。
「す、すみません。これは買い取ります」
眉を吊り上げていた店主の初老の男性は、クラリッサの言葉を聞いて一変して笑顔になる。
値札の付いていない箱は、思った通り高値な品で実家からの仕送りをほぼ使い切ってしまい、外出の目的だった本を買えなかった。
心身共に疲れて寮の自室へ戻った後、箱の蓋を開いて中身を確認して……強力な魔力を秘めた魔石を発見した時は、驚きのあまり叫びそうになった。
一見すると、水の力を秘めた円形の瑠璃紺色の魔石。
しかし、光に透かすと内部に金色の縦長の線と細かい模様が入っているのと、魔石からはとても強い魔力を感じのだ。
(厄介なものだと怖いから、学園に持って行って先生に鑑定してもらおうかと魔石を箱に戻して、寝る準備をしていた時に箱から声が聞こえて来たのよね)
防音処理がされている寮の部屋でも、隣室の微かな生活音は聞こえてくる。
隣室からの生活音かと思い、濡れた髪を乾かしていたクラリッサはテーブルの上に置いていた箱が立てた「ガタンッ」という音に驚き、肩を揺らした。
『……おい、誰かいないか?』
「ひっ」
今度は若い男の声がはっきりと聞こえ、咄嗟にテーブルの上にある箱をベッドの上に放り投げた。
恐ろしくて、咄嗟に張った結界で閉じ込めようとするが、結界は箱に触れた途端無効化されてしまい出来なかった。
箱から聞こえる声は大きくなっていき、このままでは隣室の女子に聞こえてしまうかもしれないと、仕方なしに声に応えたのだった。
ここから始まった、魔石を通した異国の男性との交流。
自分のことを“ラド”という姿の正体不明の男性でも、恐る恐る応えてから二月も経てば警戒心など薄まっていく。
その日の学食が美味しかったこと、授業中の出来事、婚約者にされた腹の立つ出来事のこと……
他愛も無い会話を交わすのは、眠る前の三十分ほどの時間。
耳に心地いいラドの低音の声が、婚約者と彼の恋人に対する苛立った心を落ち着かせてくれ、会話の後はぐっすり眠れるようになった。
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