クラリッサは穏便な婚約解消を望む

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 ずぶ濡れバケツかぶり事故の翌日、潰されたと思っていたレックスとエブリンの二人は何事もなかったかのように登校しており、少しだけクラリッサは落胆した。 (まぁ、学園でも堂々と仲良くしているくらいだし、あれくらいで潰れはしないか)  階段横のベンチに座っているレックスと一瞬目が合うが、気が付かなかったふりをしてクラリッサは教室へ向かった。 「えー皆さん、今日の午後の授業は中止となりました。これから大事な集会を行うため、講堂へ向かいます」  昼食休憩後、午後の授業準備をしていた生徒達へ担任教師から午後の授業を中止が告げられた。  担任教師も直前に通知されたのか、困惑を隠せない様子でクラス全員を整列させてから講堂へと向かう。  渡り廊下を通る途中、誰かの強い視線を感じたクラリッサは視線を感じた方に顔を向けて、学園長室の窓からこちらを見ている漆黒色のマントを羽織り漆黒色のフードを目深に被った人物を見付けた。 (学園長のお客様? それにしても、フードをかぶったままなんて、変わった方だな)  瞬きをする間にフードをかぶった人物の姿は消え、見間違いだったのかと首を傾げた。  講堂に着くと、学園長から呼び出しを受けていると言って、慌てて担任教師は職員室へ戻って行った。  集められたのは全校生徒ではなく、クラリッサの所属する二年生のみ。  二年生の誰かが学則に背く行為を行ったのか。どんな指導を受けるのかと、生徒達は緊張の面持ちで整列していた。 「クラリッサ・ホークケン!」  何のための集会なのかと、憶測しあう生徒達の会話は突然響き渡った大声によって強制的に止められ、大ホール内は一気に静まり返った。  大声で叫んだ男子生徒、レックスは驚く生徒達を睨み付けながらクラリッサ目指して歩く。  最近の言動から、すっかり「危険人物」のレッテルを貼られたレックスの進行方向に居る生徒達は、一斉に彼から距離を置きクラリッサまでの通路が完成していった。 「よくも昨日、エブリンを階段から突き落としてくれたな!」  多くの生徒がレックスから離れていく中、エブリンだけは彼に近付きぴったりと寄り添って歩き、クラリッサの前まで来ると足を止めた。 「もうこれ以上の貴様の蛮行は許すことは出来ない! 貴様との婚約は破棄させてもらう!」 「……は?」  学年全員が集まり教師の指示待ちをして中、場違い過ぎるレックスの発言を理解出来ずにクラリッサの思考は一瞬止まる。  言われた内容を理解するのには数秒を要し、クラリッサの口からは呆けた声しか出てこなかった。 (え? 何を言っているの? 婚約破棄? 何でこの場で叫ぶの? 空気を読めないの? エブリンさんは何故止めないの? 馬鹿なの? 阿呆なの?)  同学年の生徒が集まる場所での婚約破棄宣言とは、短慮だと分かっていてもこの後のことを何も考えていないレックスと、彼に寄り添うエブリンの二人の思考回路が全く理解出来なかった。というか、理解出来る者はきっといない。  教師達が戻ってくるまでに、どうやって頭の中が湧いているレックスを黙らせたらいいのか。  この場での収集は諦めて、講堂外へ二人を連れ出した方がいいのか。  頭が痛くなってきたクラリッサは、片手を額に当てて数秒間だけ考えた。 「レックス様、婚約破棄は分かりましたから、場所と場合を考えて発言してください。皆様すみません。少しだけお二人と話をさせてください。話をして駄目だった出て行ってもらいましょう」  痛々しいモノを見る目で静観している生徒達へ向けて、クラリッサは深々と頭を下げる。  痛む頭で考えて、この場所から連れ出すよりレックスと会話をして、生徒達に「この二人はまともじゃない」と判断してもらい、皆で協力して講堂から追い出す方が早いという結論に達したのだ。 「それで、エブリンさんが階段から突き落とされたと? それは大変でしたね。で、階段から突き落とされたのは昨日のいつの話ですか?」 「何だと!? 貴様が一番知っているだろう!」 「はぁ、そうですか」  会話の基本を忘れてしまったレックスとは、まともな会話は望めないと判断してクラリッサはエブリンへ視線を移した。 「では、エブリンさん、貴女が階段から突き落とされたというのは、いつでしょうか?」  話を振られたエブリンは、ビクリと肩を揺らした。 「……昨日の放課後、教室から出て来たクラリッサさんは階段を上っていた私に「邪魔だ」と言って、擦れ違う時に肩を押したでしょう」 「ああ、確かに昨日の放課後、階段で擦れ違いましたね。ですが、その時の私は壁際によっていましたし、友人達が私の前後横にいましたよ?」 「ええ」 「私達も一緒に居ましたけど、クラリッサさんはエブリンさんに触れてもいません」  昨日、一緒に居た友人二人が生徒達の間から出て来て、クラリッサの隣に立つ。 「でもっ! 確かに私はクラリッサさんに肩を押されました!」  怯えた表情から一変して、眉を吊り上げて苛立ちを露わにしたエブリンは声を荒げた。
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