クラリッサは穏便な婚約解消を望む

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「では、先生方に頼んで記録を見せてもらいましょうか」 「き、記録?」  過去に起こった生徒間の揉め事により風紀が乱れた経験から、学園の敷地内には映像記録用魔導具が設置されているのだ。  ハッとしたエブリンは、唇を閉じて目に見えて狼狽え出す。 「エブリンを押したのはその後だろう!」  クラリッサを睨んでいたレックスは、エブリンの変化に気付かず怒鳴る。 「階段を下りた後は、図書館で図書委員の仕事をしていました。一緒に作業をしていた方もいます。委員会の仕事を終えた後は寮へ戻りましたし、エブリンさんを階段から突き落とすのは無理です」 「だが、貴様以外犯人は考えられない! 友人と共謀すれば突き落とすことは可能だろう!」 「あのですね。突き落としていないと言っているでしょう? 大騒ぎをして恥ずかしくないのですか? ここまで騒いだらご両親の耳に入ってしまい、ネイサン様の評価が下がりますよ。ああ、お伝えするのをわすれていました。濡れ衣を着せられたことや、成績不振の理由を私のせいにされたことと一緒に昨夜、ナリエッティ侯爵様にお知らせさせていただきました」 「父上に知らせた、だと……」  強気だったレックスの声が震え出す。 「ええ。婚約解消に向けた話し合いを、先に事情を伝えていた父と侯爵様のお二人でしてくださるという返答を頂きました。婚約を解消出来たら、エブリンさんを新たな婚約者に出来ますね。おめでとうございます」  にっこりとクラリッサは微笑んだ。  シャノウ男爵の私生児であるエブリンは、父親に引き取られるまでは平民として暮らしてきたと、好きの友人から聞いた。  平民だった時の言動が抜け切らない上に、良くない相手との繋がっている噂もあり彼女と付き合うようになってから、レックスの生活は乱れているのは有名な話。  さらに、やってもいない嫌がらせをしたと決めつけられ怒鳴られ、これ以上彼等の恋愛ごっこに付き合っていられないと、両親とナリエッティ侯爵へ婚約解消したいと伝えたのだ。  顔色を赤黒くしたレックスは両手をブルブルと震わせ、血走っためでクラリッサを睨む。 「ち、父上に知らせるなど! 余計なことをするなぁ!」  腕を振り上げたレックスが飛びかかり、悲鳴を上げた友人達を押し退けたクラリッサは身構えて、固まった。 「ぐっ!?」  音も気配も感じさせず、大ホールの入り口から近付いた黒い影がレックスの振り上げた腕を掴み、捻り上げる。 「な、なんだ? 放せ!」  腕を捻り上げられて驚き焦るレックスは背後に立つ、漆黒のマントを羽織りフードを目深にかぶった背の高い男性に怒鳴り、藻掻くが掴まれた腕は自由にはならない。  それどころか、腕を捻り上げる力は強くなっていく。  レックスの側に居たエブリンも、フォレス王国とは違う隊服を着た騎士達に拘束されていた。 「俺に、手を放せだと?」 「あっ」  フードをかぶった男性の声が耳へと届き、クラリッサは大きく目を見開く。 「面白いことを言う小僧だな」  クツリと喉を鳴らした男性は、形の良い唇の端を上げた。  ゴキンッ 「うああああ!!」  骨が折れる音が聞こえ、次いでレックスの絶叫が響きわたった。 「きゃああー!? レックス様ぁ!」  騎士に拘束されていたエブリンも、床に倒れ痛みでのたうち回るレックスを見て悲鳴を上げる。 「処理しろ」 「はっ」  短く騎士達へ命じ、フードをかぶった男性はレックスを掴んでいた手をもう片方の手で払う。  異様な緊張感が漂うホール内は、突然現れた男性と騎士達以外は誰一人、言葉を発せられずに静まり返っていた。 「ああ、これはっ」  足元をふらつかせてホールへやって来た学園長は、騎士達に連れて行かれようとしているレックスとエブリンを目の当たりにして、疲れ切った顔色がさらに悪くなっていく。 「へ、陛下、そこまでされなくても……彼らはまだ学生です」 「俺に向かって偉そうな口を聞いたことと、クラリッサを殴ろうとしたこと。それだけで痛めつける理由は十分ある。腕の一本で許してやっただけ有難く思え」  フードをかぶった男性は顔を動かしクラリッサへ視線を向けた。  聞き覚えのある声で名を呼ばれて、やっとクラリッサは確信が持てた。 「……ラドさん?」 「ああ」  頷いた男性は、かぶっていたフードを外す。  フードの下から現れたのは、光を反射して輝く銀髪と蒼色の瞳を持ったとても綺麗な男性だった。
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