クラリッサが捕まったのは危険で厄介な相手

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クラリッサが捕まったのは危険で厄介な相手

 男性と視線があった瞬間、周囲の音が全て消えた気がして、クラリッサは息苦しさを訴え出した胸元を押さえる。  神々しいまでの美貌で唯一異質な、右眼を覆い隠す黒色の眼帯によって彼が実在する存在なのだと示していた。 「どうして? どうして此処にラドさんが居るの? それに陛下って?」 「近いうちに行くと、言っておいただろう」  呆然となったままのクラリッサの頭の先から足元まで一瞥し、“ラド”は愉しそうに目を細めて笑った。  外交のためにフォレス王国へやって来たトルメニア帝国の皇帝陛下が急遽、王国学園を視察することになり二年生達を集めたのだという学園長による説明を受け、生徒達は教室へ戻って行った。  学園長の顔色が悪かったのは、暴走したレックス達が原因だとしても教師達の様子が不自然過ぎて、生徒達の中には首を傾げる者もいたが質問を投げかけられる空気ではなかった。 「クラリッサは俺と一緒だ」 「ええ? どうしてですか? きゃああっ⁉」 「来れば分かる」  クラスメイトと一緒に戻ろうとしたクラリッサは、何故かラドに抱き抱えられて王宮へと連れて行かれた。  上機嫌な皇帝陛下の腕に抱かれて、混乱と羞恥のあまり泣いているクラリッサへ騎士達は哀れみの目を向けるが、皇帝から殺気を向けられて視線を逸らした。  ***  実家のホークケン伯爵家と比較出来ないほど豪華な王宮。  王宮の中でも、豪華な賓客用の部屋までラドに横抱きにされて運ばれたクラリッサはソファーに下ろされて、ようやく向いのソファーに座った男性が何者なのかはっきりと理解した。 「トルメニア帝国の皇帝陛下……」  フォレス王国とは海を隔てた中央大陸と呼ばれている大きな大陸に存在する、ほぼ全ての国を掌握しているトルメニア帝国。  現皇帝ラドルハルト・レイ・トルメニアのことを人々は、残虐非道で恐ろしい皇帝だと評していた。  先帝が逝去した後、皇子皇女達による骨肉の帝位争いを勝ち抜いたラドルハルトは、自分に従わない者達を全て葬り去ったという。  新聞記事と情報雑誌でしか知らないトルメニア皇帝の姿を想像して、クラリッサもいつか戦禍がやって来るのではないかと震え上がったものだ。 (知らなかったとはいえ、私はとんでもない相手と繋がっていたのね)  冷酷非道の皇帝とは思えない、綺麗な顔立ちをしたラドルハルトを直視するのは不敬な気がして、クラリッサは俯いて膝に上に乗せた自分の手を見る。  皇帝陛下相手に毎日婚約者の愚痴を話していたとは、とんでもなく不敬なことをしていたのだと、途方に暮れてしまい両手で頭を覆った。 トントントン 「失礼します。陛下」  一礼して入室した騎士はラドルハルトの傍らで跪き、懐から取り出した丸められた報告書を手渡して部屋から出て行った。  騎士から受け取った報告書に目を通し、ラドルハルトはフッと鼻で嗤う。 「クラリッサ。婚約者、いや、元婚約者の恋人がお前から嫌がらせを受けたということにして、他の女へ目移りしかけていた元婚約者を繋ぎ止めようとしたと、自供したようだぞ」 「繋ぎ止めようとしただなんて、レックス様にそこまでする価値は無いと思うのに。あるのは外見の良さと、ご実家の資産くらい?」  王立学園入学前まで、平民として生活していたエブリンにとっては、可愛らしい女性を演じていれば気に入ってもらえるレックスは色々な面で魅力的だったかもしれないし、本当に彼のことが好きなのかもしれない。  もうすぐで十七歳になるというのに、恋愛感情がよく分からないクラリッサからしたらエブリンの気持ちは推測するしかなかった。 「あの二人……講堂に集まった生徒達を激励しようとした俺の、トルメニア皇帝の邪魔をしてくれたのだ。それなりの罰を受けさせる」 「罰、ですか」  躊躇なくレックスの腕を折ったラドルハルトと、淡々とエブリンを縛り上げていた騎士達を思い出し、クラリッサの背中が寒くなった。
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