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「モトラドの展示会?」  ハイリからのメッセージを受信したのは、夏休みも三分の一が終わったあたりだった。中間登校日に町の祭りが行われる。そこに行かないか、という話だったけれど、あまり聞き覚えのない単語にけげんな声を出してしまった。 「そっ! っつーか、展示即売会だな。工場の駐車場とか、敷地を解放してやるらしい」 「もしかしなくても、誘う相手間違ってない?」 「ないない。まだ社員しか知らない、外部に出てない情報らしくてさ。でもお前に言うんならお互い大丈夫かなーって」  ということは、ハイリの父親が情報源か。父さんも母さんも何も言っていなかったから情報漏えいなんじゃないのか。そう返すと、音割れしたハイリの笑い声が返ってくる。 「てのは建前で、エギナルなら確実に暇してるだろうなと思ってさ。スポーツやってるやつは軒並み練習か合宿かだろ、夏休みは」 「だね。展示ってことは、新作のエアロビークルなんかもあるのか」 「そっ! 俺が見たいのってそれ。先行展示らしくってさあ」  機械が好きというか、乗り物好きだもんな。初等部の社会科見学で行ったモトラド工場で、誰よりも長く組立作業を見ていたのはハイリだった。 「もし他にも誘いたいやつがいれば誘っていいからさ。中間登校日とかぶってっから、学校行って、一回帰って現地集合で良いよな。じゃ、当日!」  一方的に話をまとめて、ハイリはメッセージを切ってしまった。オフになった画面を見て、ちょっとためらう。誘いたいやつ。いるけれど、話を持ち掛けて良いものかどうか考えてしまった。  きみの連絡先は、森林公園に行ったときに聞いている。けれどあれから会っていないし、「行こう」という三文字がとてつもなく重く感じられて、メッセージの送信ボタンが押せない。  ためらって、悩んで、そのまま端末をテーブルに置いた。 「……っていうか、どの道登校日に顔合わせるじゃん……」  一言目に何を言おうか、考えるだけで日が暮れそうだった。  毎年、祭りは公民館とその隣の公園で行われる。今年はハイリの言っていたモトラドの新作発表と時期が被ってしまった、というわけで、「それなら一緒にしちゃおう、そうしよう」という話し合いが偉い人たちの間であったらしい。……というのもハイリから聞いた話だから、どこまでが本当でどこまでが噂なのか、ちょっと怪しい。  公民館とモトラド工場は十分も歩けば着く距離にある。工場の敷地で祭りができるのはメリットが大きいみたいだ。初めて会場案内図なんて立派なものをもらったし、毎年屋台を出している店のほかにも、遠くから来たらしい店が多い。光るサイダーや、棒に小麦粉でできた何かや肉を巻いたおやつを出している店なんて初めて見る。  ぼくとハイリは、家から持ち出してきたバケツと雑貨屋で買った大袋の手持ち花火を持ったまま、出入口近くの簡易テントの下でぼおっと立っていた。 「……すごいな、おい」 「この町、こんなに人がいたんだね」 「それは禁句だろ? 陽が落ちたらもっと増えるんだろうなあ」  祭りの終わりには何発か花火も打ち上がるらしい。工場のだだっ広い空き地―走行実験なんかで使う場所だろうか―から至近距離で見られるというので、妹や母さんも来るつもりだと言っていた。 「それで、ぼくらの花火はどこでやる?」 「早めにここ出て、公民館の空き地とか……っつーか二人で花火はちょっと切ないよな。集まらなかったなー」  午前中、クラスの皆にもハイリは声をかけていた。だけど先約が入っている子がほとんどで、こうして二人ぼっちで花火をすることになってしまった。 「あの子も来ないってのがちょっと意外だったけどな。だってほら、家、ここなんだし」 「家はここじゃないと思うよ、所長がお父さんでも。……体調とか、色々あるんじゃないの」  何日かぶりに会うきみは開口一番に「おはよう」を元気に言ってくるくらい、いつも通りだったけど。どこもかしこもいつも通り、普通通りすぎて、ぼくは反対に訊けなかった。 あれから何をして過ごしていたのか。身体の具合はどうなのか。飛ぶことは、できたのか。 「うん、体調なら仕方ないよなー」 「ぼくも会ってなかったから、今日顔を見られてほっとしたよ」  伸びをしたハイリがこちらを見る。なぜか、きょとんとした顔で。 「休み中も頻繁に会ってるもんだと思った」 「なんでだよ」 「だって付き合ってんじゃねーの、エギナルとあの子」 「…………ええ?」  人間って、驚きすぎると声も出ないのか。  言葉の意味を理解するのに時間がかかって、理解できても、理解できなかった。 「待った。何をどうやったらそうなるんだ」 「何……ってか、休み時間も色々話してるっぽいし、放課後もよく一緒にいるって聞くし、流れで」 「それだけでそういう結論になるんなら誰だってそうだろ」  誰でも、は言いすぎかもしれないけれど。 「……誤魔化しじゃなくてさ。本当に、そういう風じゃないんだよ。ほら、ぼくとハイリが遊んだりしてても、仲が良いんだなって思われるだろ」 「俺とお前、友達だもんな」 「だろ。ありがと。で、あいつもそうだよ。ハイリと一緒にいるときと何にも変わらない」 「……そっか。そっか! なーんか、それ聞いて安心したわ」 ほう、と大きいものを口から取り出すみたいにハイリは笑う。 「疑ってた?」 「いーや、どっちなんだろ、ってさ。どっちでも似合うなーって。全部噂で聞いてだけだし。けど今の聞いたら、友達ってより相棒とか、そんな感じで呼ぶのが良さげだな」 「……良いね、それ」  相棒。  なかなかぴったりくる表現だ。 「だろ? そんじゃま、とりあえず、腹ごしらえでもしますか!」  荷物をバケツの中に放り込んで、ぼくたちは屋台が多く集まっているブースに移動した。テントの外へ一歩出ただけで汗がにじむ。  ぼくは食べ物を買えないので基本的には付き添いだけだ。片手でも食べられる串状の食べ物が、ハイリの手に現れては消えていく。肉、魚、炭水化物、炭水化物、肉、ラムネ、肉、飴、炭水化物。 見ているこっちが胸やけしそうだ。 屋台を一巡りしてから、モトラド工場により近いブースへ向かう。子供や親子連れが減って、だんだんおじさんおばさん、お兄さんお姉さんが多くなってきた。白と黒のチェッカーフラッグ柄ののぼりがモトラド展示会場の目印だ。明らかに免許解除の年齢になっていないぼくらを見て受付の人は一瞬けげんそうにしたけれど、すぐに通してくれた。見るだけなら誰にでもできるし、将来のお客さんとしてハイリはすごく有望だろう― 「ほらエギナル! あれだあれ、最新型!」 「え? あ、あー……あぁ、あれね」  どれだろう。  展示されている二輪型のモトラドの見分けがぱっとつくほど詳しくはない。 「今季の新型は初めて街乗り用に開発された九三型に寄せたデザインなんだ。ただ、ボディの軽量化と強化のためにフレームが……特にフロントのデザインが大幅に改良されてるから、そこが全体の印象にも反映されてる感じだな。もちろん燃費向上のために見えないディテールの変更はあるらしいぜ。そりゃそうだよな、古きから学び新しきを知る! 授業でも言ってたもんな。あ、何がカッコいいってあの右サイドの―」 「うん……」  友達には申し訳ないけれど、微塵も分からない。  せめてパンフレットとか説明書きとかがほしい。それか工場の販売部員の人に来てほしい。ぼくだけでこの情熱を受け止めるのは、少し、いいやかなり、荷が重かった。  助けを求めるつもりで周りを見渡す。  すると―見知った顔が、すぐに逸らされた気がした。 「…………ええと、午前中ぶり」 「こっち側に来るなんて聞いてないよ!」 ぼくらとは反対側から同じ二輪型を見ていたのは、両手に食べ物入りのビニール袋を提げたきみだった。着ているのは、モトラド工場がスポンサーになっているレーシングチームのロゴ入りシャツだ。大昔とは違って、モータースポーツは速さではなくて環境対策を競う競技になっている。速度は言わずもがな、環境負荷の少なさが順位に大きく影響する……らしい。これもハイリの受け売りだ。 「ぼくだって知らなかったって。……何? 食べてるの」 「とうもろこし。バターしょうゆ味」  他にはおにぎり、一口カステラ、フルーツサイダー、味付きこんにゃく、野菜入りのおやき。ハイリに負けないラインナップを列挙されそうだったので、途中でストップをかける。  ぼくが話を聞いていないことに気付いたのか、ハイリもこっちにやって来た。きみを見下ろし目を丸くして、ぼくを見、またきみに目を戻す。この食べっぷりが想像できなかったのかもしれない。 「や、来てたんだ。にしても食べますなぁ」 「おなか空いちゃってて、う……ハイリくん、ごめん。ぼく、二人はてっきり屋台のほうだけだと思って断っちゃった」 「あー、俺も説明不足だったな。実はモトラドが本命。最新型が見られるって聞いたから」 「……モトラドが、本命?」  きみはぷるぷると震えながら、かっと目を見開いて繰り返す。 「そっ。乗れる年になるまで、予習ってワケよ」 「あの……さ、もし、ハイリくんがいやじゃなかったら……さ」 「ん? うん」 きみは決心したようにうなずいて、大きく息を吸った。教室でも、ハイリからきみに声をかけることはあっても、その逆はないもんな。  だけどこの感じは、たぶん。きみもモトラドが大好きなんだろう―所長の影響かどうかは分からないけれど。 「ぼくで良かったら、解説……っていうか、説明っていうか、その、お喋りしながら見ない? あっちに仕様書が見られるコーナーもあるんだけど……」 「えっ、良いの? お願いする、全然お願いする! エギナルはどうする? 一緒に見て回るか?」 「ええと―」  二人ぶんの熱がこめられた視線が熱い。じりじり、後ずさりしてしまったぼくの肩を、誰かがぽんと叩いた。 「私が一緒にお話してるよ。行っといで、あんたたち」 「あっ、おねーさん! 飲み物は? ちゃんと買えた?」  おねーさん? 誰? きみの?  おそるおそる振り向くと、片方の手に大きな紙コップを持った長髪の女性が立っていた。背が高い。きみと同じシャツを着ていて、目元がそっくりだ。 「もっちろん、泡たっぷりでね。やあ少年、暇ならちょっと付き合ってくれる?」 「え、え、あの?」  目を白黒させているうちに、意気投合したきみとハイリは奥のブースへ移動し始めていた。きみにいたってはぼくに「おねーさんをよろしくね!」なんて言葉を投げてくる始末だ。  ぼくはとりあえず、肩に乗っていた手を避ける。 「まずは自己紹ー介! 私のことはお姉さんと呼んでくれればいいよ。あの子の従妹なんだ。よろしくぅ」 「よろしくお願い……します。ぼくは」 「エギナル君でしょ? 聞いてるよ。いつも良くしてくれてあんがとね」 「聞いてるって、何か変なことじゃないですよね……?」  お姉さんは視線を止めて、すぐに大口を開けて笑った。 「あっははは、違うって! あの子の話をまともに聞くのはきみだけだって、そんなのをさ、さっき教えてくれたから」  あちこちの展示を冷やかしながら、お姉さんは紙コップを傾ける。麦っぽい香りがする。この大きさのコップでビールをぐいぐい飲む人がいるものかと、妙に感動してしまった。 「やー、おじさんはほんとすごいよね。会社立ち上げて、こんな乗り物をポンポン作って。あの子、おじさんのことは好きじゃなくても、乗り物は好きだもんなぁ……君は? このへんに住んでる子ってたいてい親がここに勤めてるっしょ。よく話も聞いたりすんじゃない? どう、モトラド、好き?」 「なんとも……」  必要があったら乗るんじゃないですか、将来、と返すと、お姉さんは「なるほどね」とまた笑った。  お姉さんは、きみが小さい頃に一緒に暮らしていたという。そういえば、きみはおじいさんおばあさんのところに預けられていたって言っていたっけ。だから仲良しなんだ、とお姉さんは言うけれど、どうやら乗り物の趣味は合わないようだった。 「私は四輪が好きなの。クルマはガソリン入れて走ってなんぼでしょ? 空を走れば渋滞が解消されるとかエコとか燃費とかさ? 私はそういうのを求めちゃいないんだよ。乗るんなら、よりロマンがある方に乗りたいと思うもんよ」  環境への配慮も燃費も大事だし、ロマンは人それぞれだ。  と思ったけど、口に出さなかった。  お姉さんは普段使いの四輪型モトラドとプライベート用の旧型二輪車両の二台持ちを考えているらしく、気になった車体の展示をじっくり見ている。ハイリたちが帰って来るまですることもなかったので、預けられたバケツをぶら下げながら、なんとなくお姉さんの後ろをついて回った。 「興味なくっても、将来的に乗ることになるんだから少しは見た方が良いよ。社会勉強の一環だ。きみたちが免許証を持つ頃には、エアロビークルだって本格的に実用化されてるかもだし」 「それにしたって買えないと思いますけど」 「はぁー、夢がないなぁ。きみの十数年後の所得がどうであれ、大量販売されるようになったら価格も下がるもんだってば」 「お姉さんの答えこそ夢がないです……」 「だってさぁ、便利さは置いといて、空、飛んでみたくない? 古今東西、人類の夢じゃん」 「ぼくは陸だけでけっこう精一杯です。……あいつと違って」 「―飛べるって、聞いたんだ?」  それまでのどこか軽薄な空気を引っこめて、お姉さんはにやりとした。鎌をかけられていたのかと思い当たったけれどどうすることもできない。大人しく首を縦に振った。 「私のじーさんとばーさん……あの人らも飛べたんだよ。若いときにはね。でも私と私のかーさんは飛べないの。おばさん、あの子のかーさんは飛べたんだってね。適性かねぇ」 「飛べるの、全員じゃないんですか」 「そっ。それも、じーさんの話だとだんだん減ってきてるらしいね。私は飛べようが飛べまいがどうだっていいんだけどね。私には、私をどこにでも連れてってくれる乗り物があるから。だけどあの子は違う。飛べないのは死活問題って思ってる。どうしてだろうね。分かる?」 「いいえ……」 「だよねぇ」  お姉さんは、顔じゅうをくしゃっとさせて笑った。 「例えばさ、飛びたいって願うから辛いことが起きるってさ、そんな相関関係があるんなら、私は何をしてでもあの子を説得させるよ。だけど分かんないじゃん。関係性も、あの子が飛びたいって思う理由も。今のあの子から空を奪うのは、いっとうしんどいことだって、それだけは分かるし」 「あいつは飛ばないほうがいいって、お姉さんは思ってますか」 「そりゃね。だって人間は空を飛ばないよ」  お姉さんは力強く断言する。  ぼくにはそれが、きみの否定とは聞こえなかった。きみを小さい頃から間近で見てきたからこその心配のように思えた。 「骨格の構造も内蔵の重さも、ヒトは有翼生物とはぜんぜん違うんだ。何より、飛ぶには頭が重すぎんだよ。脳みそが重いんだ。速く走ったり泳いだり他の生きものを噛み千切ったり出来ない代わりに、考えて考えて考え抜くことができるようになってるんだよ、私らのアタマは」 「……脳の重さが知能と比例するって説に裏付けはないそうですよ。あいつが言ってた」 「じゃあ―あの子の頭やからだには、何が詰まってんだろうねぇ」  お姉さんはもう一口、豪快にビールをあおった。 それから社会勉強だと言って、お姉さんは初心者向けのモトラドをいくつか紹介してくれた。運転補助機能の違いとか、小回りの効きやすさとか、二輪は四輪に慣れてからにした方が良い、とか。純粋にためになる話ばかりだったけれど、お姉さんも教えるのがちょっと楽しそうだった。  もう一杯のビールをお姉さんが飲み干す頃、二人は戻って来た。手にはさっきまでの屋台の袋の他に、工場や関連企業―タイヤとか小さな部品とか―のロゴや写真が印刷された袋を提げている。 「どうだった、展示」 「大満足! すげえよ、こんなにモトラドに詳しいなんて、流石じゃん。将来買うときにまた相談させてほしいわ」 「えっへへへ、うん」  エンジンの回転数? タイヤの交換時期? 制御装置のバージョン? さっきよりも専門的になった会話にやや引いていると、きみが一歩近付いてきた。 「ありがと、すごく―すごく、楽しかったよ」 「何もしてないって。むしろ、ハイリに付き合ってくれてありがとう。ぼくは知識がないからさ」 「ううん! ハイリくんがエギナルの友達じゃなかったら話もできなかったもん。おねーさんは、知識はあっても趣味が合わないし」 「ええー? だって、乗るならやっぱり旧型よ。グッとくるものがないんだもの、最近のモデル。おじさんにもそう伝えてちょうだいよ」 「それはおねーさんの趣味が古臭いんだよ」  お姉さんと言い合っているきみの姿は、学校で見るよりずっと生き生きとして見えた。森林公園に行ったときもこんな感じだった。それから―飛ぶ話をするときも。  だけどぼくは対照的に、全然気持ちが晴れなかった。お姉さんの言葉の引っかかる感じが取れなくて、もやもやしたまんまだ。  きみが飛びたいと思うから痛みがひどくなる、これが本当だったら。  翼を望みさえしなければ、きみは痛みから解放されるのだろうか。  「よーし、そろそろ移動するか、エギナル」  気が付けば、もう太陽は西側に半分以上隠れてしまっていた。ハイリは雑に自分の手荷物を一つにまとめ、ぼくのバケツから花火の特大パックをつまみ出す。  首を傾げているきみに見えるように、 「手持ち花火。一緒にやんね?」 「花火?」 「そうだね、もっと大勢来ればにぎやかだったんだけど、少人数でやるのも贅沢だ。どう、もし良かったら」 「……いいの?」 「帰る時間、親御さんにも連絡して。公民館の隣でするつもり」  森林公園のときのことがあるので、敢えて言葉にする。きみはすぐに、さっきまでとは違うコップ―ぶどうジュースじゃなくてワインだと思う、いつの間に買ったんだろう―を傾けていたお姉さんに駆け寄って、話をして、ぼくらのところに戻って来た。 「行く。……友達と花火するの、初めて」  お姉さんはまだまだ飲み足りないらしく、手でオッケーのサインをして祭り会場に戻っていった。  公民館まではそう遠くないし、荷物も重くない。自転車を置いて二人と歩いていくことにする。  公民館には屋台の搬出車両が数台置かれているだけで、ぼくらのようにわざわざ手持ち花火をしに来た人もいないみたいだった。  ろうそくにマッチで火を灯すなんて、理科の実験以外でしたことはない。草が生えていないアスファルトの上で、まず吹き出し花火を手に取った。火を移して数秒、しゅるしゅるという音とともに色が飛びだす。 「エギナル、そっち何色? これ赤っぽいな」 「これも……あっ違う、緑だ」 「ぼくはオレンジ! あははははっ、すごい! きれーい!」  花火を見ているきみの目は、火花に負けないくらいきらきらしている。吹き出し花火が終わるかどうかという瞬間を狙って、ハイリが次のものを渡す。  オレンジ、赤、青、緑に黄色。まるでバケツリレーみたいに、きみの手には途切れることなくたくさんの光が散った。 「あっ、途中で色が変わるんだね! つまり火薬の種類を途中で切り替えてるってことかぁ。こんな環境に良くなさそうな娯楽がどうしていまだに残ってるのかな、って思ってたけど、そうだよね」  きみは最初の一本を持ってから初めて、顔をこちらに向けた。 「こんなにきれいなんだもん。いっぱい見たくなるねえ!」 「大昔から改良が重ねられてて、今は環境に配慮した原料が使われているらしいよ、一応。はい、次」 「そうやってぼくたちの生活は甘やかされてここまで来ちゃってるんだろうけどね」 「おーう。難しい話好きだよなー、二人共」  ぼくのとなりにしゃがんだハイリが持っているのは、ばちばちと大きな火花を出すタイプのものだ。しかも二本束ねて持っている。ちょっとずるい。 「ま、楽しんでくれて何より。線香花火は? やったことある?」 「線香……ううん、映像でしか、見たことない」  ハイリは自分の分が消えたのを確認して、花火が入っていた袋を引き寄せる。小さい紙縒り状になっている線香花火を、やぶかないようにそうっと引き出した。 「線香花火には昔っから、火種を最後までつけてられんのは誰かを競う賭け事があって―」 「ハイリ、適当言うな。ジュースを賭けるのはぼくらのあいだでの決まりってだけだから」 「えっそうなのか? 線香花火のしきたりじゃないのかよ」 「ユリクトが決めたんだ。あいつ、自分が上手いからおごらせようとして」  あいつはあいつで祭りを楽しめていれば良いと思いながら、線香花火の準備を進める。 「こっち側を持つんだけど、風で揺れたり手が揺れたりすると火種が落っこちちゃうんだ。だから手で風よけを作って―」 「おいおい、親切すぎて不公平だろって。まーまずはやってみてから、な」  ハイリが火をつけた分をきみに手渡す。ふわふわ、その動きだけでも頼りなく揺れる紙縒りを慎重に持って、きみは火花が散るのをじいっと待っている。ややあって、ぱち、ぱちと控えめに音が鳴りだすと、眉間に寄せていたシワがほどけていく。 「……最初にしては、なかなか」 「うん。少なくともハイリより上手い」  ぼくとハイリも、自分の分に火をつける。今日は、奢りはなしだ。  風はあまり吹いてこない。聞こえるのは、火花が散る音と自分たちの身じろぎの音だけだ。  それぞれ二本ずつ試した結果、一番長く保たせられたのは、きみの二本目の線香花火だった。
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