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2.率直に言って。
ニューヨーク州オルバニーという、
聞き慣れないところから封書が来たのは、
全ての単位を取得が済んだ大学4年の
12月のことだった。
『あと半年で日本に帰ります』
川瀬の、男性にしては達筆な文字を読み、
いよいよ再会の瞬間が近づいたと思って、
微笑みながら近況を読み進めたら、
『同棲する予定の恋人がいないのなら、
僕と一緒に暮らしてくれますか』
とあり、驚いた。
就職したら手狭な実家から独立をしようと
思っていたし、そもそも恋人はいない。
日本のまともな知り合いは僕くらいかと
川瀬が頼ってくる理由に納得した。
早速、川瀬に葉書で返事を書いた。
『元気そうで何より。僕には過去も含めて
同棲するような恋人はいません。だから、
一緒に暮らそう。川瀬の帰国を待ってる』
川瀬の手紙には内定した就職先に挨拶を
するため、1週間日本に滞在するとあった。
それならついでに、
川瀬がどんな条件で新居を探したいか
聞こうと思った。
年が明けた1月。
3年10ヶ月ぶりに日本に帰国する川瀬を、
空港までひとりで迎えに行くことにした。
それで、冒頭の内容になった次第だ。
川瀬の突然の告白に動揺を隠せずにいたら、
川瀬は柔らかく微笑み、僕を見つめた。
「葵、返事は?」
「‥‥別に、いいけど」
恥ずかし過ぎて、
ぶっきらぼうに言葉を口にした。
「というか、いつから葵って呼ぶように
なったの」
「アメリカではファーストネームで呼ぶのは
フツーだよ」
「ここは日本だし」
「葵。頑なだね。もっと素直になって」
それには返事をせずに、川瀬が持っていた
赤いスーツケースを引きずり、先を歩いた。
180センチ近い身長で、
モデルのようにキレイな顔立ちの川瀬を、
すれ違う人が皆二度見していくのに
気づくまでに時間はかからなかった。
「アメリカには、溶け込めたようだね」
「うん。かなり苦労はしたけどね」
「挨拶もそこそこに、付き合ってください
だなんて、びっくりしたよ」
「ああ、率直過ぎたってこと?ごめんね」
「‥‥とりあえず、荷物置きたいでしょ。
今夜はどこに泊まるの」
「葵んち。お母さんには、承諾もらった」
「はあ?!」
すっかり意思のしっかりした奴になった
川瀬に戸惑いつつも、
とうとう日本に帰って来るんだという
実感が湧いて、嬉しくもあった。
やっぱり川瀬の存在が、
自分にはしっくり来ると思った。
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