自分の顔と自分の声

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 無機質な部屋の扉を開けると、そこは先ほどとはうってかわった西洋風の部屋だ。床一面に広がる臙脂色の絨毯と、小さなシャンデリア。茶色を基調とした家具たちが置かれるなかで、唯一先ほどと変わらない灰色の壁紙がこの部屋を取り囲んでいる。  中央に置かれているのは赤茶色のローテーブル。その向こうにある一人掛けのソファーに、今日も「あいつ」がいた。 「久しぶりだね。会えるのを心待ちにしてたよ」  仮面の向こうからくぐもった声が聞こえた。黒のハットと黒のスーツ、綺麗に磨かれた光沢のある黒い革靴。そのすべてが黒に包まれているのとは、あまりにも対照的なほどの白色をした仮面は、今日は不気味な笑みをたたえていた。  片目を閉じて、もう片方の目は三日月を横に倒したようなれっきとした笑い目だ。口は両端がつり上がり、お世辞にもこれが良い表情だとは言えない。  あいつはここで会う度にいくつか種類のある仮面をつけて来るのだが、今日はこの「良くない笑みの面」が選ばれたようだ。  彼いわく、単純にこの面をつける目的は愛想を良くしたいというだけで、笑っている顔はこれしかないのだと言っていたことを覚えている。 「おれがこうしてここに来れたということは、またきみの気が滅入っているということなのかな」  仮面の男はそう言って、自分とは反対側に位置する空席のソファーを手で指し示した。  机には湯気の立ったコーヒーと申し訳程度の量のお菓子が置かれているが、顔のないおれは一度もそれらに手をつけたことはない。対する仮面の男もそうだった。彼はいつもその仮面をつけたままなのだ。  よって、机に置かれた少量の食べ物と温かい飲み物は、いつもこの空間において、結局最も意味を為さないものとなっている。  そんな机を挟んで、おれたちは向かい合うようにしてソファーに腰かける。特別ふかふかとしているわけではないが、幾分か座り心地の良いソファーに座ったとき、おれはまたこの夢に来たんだという実感を改めて持った。  仮面の男は片方だけ開かれた仮面上の瞳をおれに合わせる。その瞳の奥は笑っているのか、無表情なのかは分からない。 「話を聞くよ。おれはきみの一番の理解者であるつもりだからね。今日もゆっくりしていくといい」
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