自分の顔と自分の声

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「いつだってきみは自分に自信がないんだ」  ニヤリと笑んだ仮面の瞳は、今は決して笑っているようには見えない。 「素の自分でうまく他人と付き合っていく自信がないんだ。仲良くしてもらえる自信がない。好きになってもらえる自信がない。だからいつも少し自分以上の自分を演じてやってきたんだろ」  組んだ足の上に肘をつき、その肘を支えにして彼は頬杖をついて、曲線を描く片目をおれに向けていた。 「思いを寄せた相手に合わせるために、多少無理をして演じて付き合ったとしても、相手が求めるのは、結局演じているときのきみの顔であって、素のきみではないわけだ。素の自分を見せたら失望されるのが怖くて、喪失感に苛まれたくなくて、常に彼女の前では自分じゃない自分を演じ、勝手に限界を迎えると、自分から終わりを告げてしまうわけだ。恋人に限らず、友人などにも当てはまる話だよ」  的確に核心をつくその言動に、おれは何も言い返せないでいた。 「可哀想だよね。彼女はきみが無理をして演じていることを知らなかったかもしれない。それなのに一方的に自分たちは合わないと告げられる。その心中は察するに余りある。さぞ、荒れるだろうな。きみ自身も分かっているかもしれないが、それは非常に良くないことだ。きみの意思はどうあれ、それは相手の気持ちを弄んでいるのとかわりはない」  おれは視界が滲みそうになったのをこらえた。あんな突き放しかたをしたとは言え、しっかりと自分からも好きになった相手だったのだ。それなのに、自分勝手な理由でおれは彼女を傷つけてしまった。 「それで相手が傷つくのも見ないようにしながら、それでもいやというほど相手の反応や心の動きも痛いほど分かって、そんな相手を傷つける自分がどんどん嫌いになっていく。今回ここにおれが呼ばれたのは、おそらくきみ自身に自責の念があるからだろう。だからあえて厳しいことを言わせてもらった」  仮面の男はそこまでいうと一息つくように黙りこみ、組んでいた足を解いた。
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