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「まあでも、そうだな。このままだときみを追い詰めるために来てしまったようなものだから」
彼は自分の面を指し示し、今自分は笑っているよということをおれに伝えようとしていた。
「散々きみに言ってきたけど、結局人間ってそういうものなんじゃないか?」
先ほどとは違い、気の抜けたような言葉におれは面食らった。「面」は、今おれにはないのだが。
「誰でもそうやって自分自身の仮面をつけて生きているんだ。さっき、部屋の壁にかかったきみの顔たちを見てきただろう? 人によって数に違いはあっても、ああいうふうにみんなそれぞれの顔を持っているんだよ。決して悪い意味ではなく、ね」
彼はまた足を組むと、片手で帽子をおさえた。
「そうしてみんなが、いつか自分の仮面をとって向き合える誰かを探しているのかもしれない。それを探すのが人生だと捉える人もいるんじゃないかな。なんて、かっこつけた台詞を言ってみる」
不気味に笑う仮面の奥で、もしかすると彼は本当に笑っているんじゃないかというような気がした。
「きみにもいつかそういった人が現れるといいね。ただ、そのためにはきみ自身が少しでも変わらないといけない。いつまでも面を被りつづけているようでは、また同じことが起こるよ」
おれは頷いて返した。話の聞き手として、そして助言師として、彼は完璧だった。おれは彼のその部分を素直に誉めて、感謝の意を示した。
彼はいつもそれを照れくさいのか、仮面を撫でながら、いやいやそれほどでも、と首を振る。今は笑いの仮面だからその動作と表情が調和して見えるが、これが別の泣き顔の仮面であったり、怒りの仮面のときは違和感がすごい。
「まあ、頑張ってくれよ親友。今回のおれの役割はこんなものかな。今までで一番追い詰めるように言ってしまったが、気持ちのほうは大丈夫か」
おれが、大丈夫だよ、と答えると、彼は頷いて返した。
もうそろそろ、この夢の時間も終わりに近づきつつあることが分かった。
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