自分の顔と自分の声

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 不気味な夢をよく見る。  目が覚めると、そこは自分の部屋ではない。  薄暗い灰色の雰囲気をまとう部屋に窓はない。あるのは、自分が寝ているベッドと、一人用の作業机と椅子。しかし机の上に何かが置いてあることはなく、引き出しに何かが入っているわけでもない。  そして、少し異質なのが、部屋の端に置かれた簡易的な洗面台だ。蛇口をひねっても水は出ない。ここには水が来ていないのだろうか。よってその洗面台は、ただおれの上半身から腰の下までを映し出すだけの、使い勝手の悪い鏡としての役割しか担わなかった。  ここにはじめて来たときからこのわけの分からない空間に不気味さを感じないわけはなかった。その不気味さの元凶はこの洗面台。そして、その洗面台と反対側に位置する部屋の壁にあった。  まずはこの洗面台。鏡を覗き込んでも、そこにおれの顔がないのだ。首から上がないわけではない。現におれはこの空間を、この洗面台を視覚を通して認識できている。  しかし、鏡を見るおれの顔には、何か靄がかかったように、灰色系統の絵の具を混ぜて滲ませたように薄く塗りつぶされていて、その表情をうまく認識できない。決して鏡が曇っているわけでもなく、ただ写し出されるおれの顔が見えないのだ。  そして、そんな不気味な洗面台よりもさらに異質なものが、この部屋にはある。それが、背後の壁だ。洗面台から目を離して、振り返ってみる。  その壁には、無数のおれの顔がかけられていた。  はじめこれを見たとき、背筋が凍るとはまさにこういうことなのか、と全身で体感した感覚は今でも脳裏にこびりついている。こうして何度見たとしても、この気持ち悪さに耐えられる精神力はない。  壁にかけられているのは顔とは言っても、おれの首というわけではなく、どちらかと言えば「面」に近いものだ。お祭りの屋台でよく売られている動物のお面のようなのと同じだ。  無数のおれの「面」に見つめられながら、鏡を覗いても自分の顔を見出だせないおれは、この部屋に来る度に、薄気味悪さに苛まれながらも時にこう思う。  いったいどれがおれの顔なんだろう、と。
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