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「だけどその子、まだ恋愛なんてしたことないみたいでね、わたしに聞いてきたのよ。こういう気持ちってどう表現すればいいの? って」
「なんで夏美に聞くんだよ」
「わかんないよ。でも、その子いわくわたしのことを恋愛上級者だって認識してるみたいで」
「恋愛上級者ねー」
「あ、今のバカにしてる?」
「別にしてないって」
「わたしだって自分でそう思ってる訳じゃないけどさ」
「んで?」
「わたし、なんて答えてあげていいかわからなくてさ。ちょっとさ、やってくれない?」
「やってくれない? 何を?」
「だから、彼氏がいるけど他に好きになってしまった女の子の相手の役」
「誰が? 俺が?」
「他に誰がいるのよ」
「いやいや。っていうか、夏美がその舞台に出るわけじゃないんだろ? 何のためにそんな練習すんの?」
「いいからいいから、ほら、いくよ。よーい、スタート」
そう強引に何かを始めた彼女は、立ち上がってベンチから離れた。そして、わざとらしく手を振ってこちらへ歩いてくる。
いや、なんだこれ。
「ごめーん、お待たせ。ごめんね、呼び出したりして」
どういう設定なのか、いまいちわからないまま演技のようなものが展開されている。
俺も無理矢理それに合わせようと、「いや、大丈夫」と答えた。
「悠介はもう、先帰った、よね?」
悠介、という言葉を聞いて、俺の胸はドキッとした。え、これは、演技じゃないのか?
夏美が真剣な目でこちらを見ながら隣に座る。早く何か言って、そう訴えかけるような瞳を向けてくる。
「ああ、うん。先帰ったよ」
「そっか」
「……で、なんだっけ? 話があるとか」
「うん、そうなの。ちょっと、聞いてほしいことがあってね」
夏美の演技が自然過ぎて、役を演じているのか、本当の彼女なのかがわからない。
「市来くんってさ、悠介と仲良いよね? 親友みたいな」
「ああ、うん。まあ、小学生の頃から仲良いし」
先程交わしたような内容の話が繰り広げられる。
「そっかぁ」
夏美がおもむろに下を向き、足で砂をいじったあと、何度もそれを蹴った。
「わたし、悠介と付き合ってもうどれぐらいだろう、一年、とかかな。好きなんだけどさ、好きなんだけどね……」
心臓が弾み出し、急速に喉が渇き始めた。
なんなんだよこれ。演技なのか、それとも……。
「わたし……他に好きな人が、出来ちゃったみたいで」
「……う、うん」
「市来くん、どう思う?」
「ど、どう、思う? い、いや、どうって、その、なんていうか、え?」
夏美が俺のことを見ている。決して視線を逸らさずに、真剣に俺のことを。
吸い込まれそうなその瞳。唇が厚くて、妙に色気を感じた。
胸が締め付けられる。奥歯が震えて、指先が冷たくなった。熱帯夜。じんわりと背中にかいた汗がひんやりとしている。
どうすりゃいい? なんて答えたらいい?
わかんねー。
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