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「ずっと一緒にいてさ、たまに喧嘩もするけど、やっぱり優しいし、わたしを大事にしてくれてるのも伝わるし。わたしのこと一番に考えてくれてると思ってたんだけど、なんか最近、冷たい気がして」
一番、という言葉に胸が痛い。
口内炎ができたときみたいに、なんだか心が沁みた。
「……まあ、でもさ、サッカーサッカー言ってるけど、夏美のこともよく話すよあいつ」
「え、どんなこと?」
「えーと、この前は、カラオケ一緒に行ったときのこととか話してたし」
「それいつのやつ? かなり前だよそれ。この夏休みだって、ずっと部活が忙しくてさ、夜だって話したいのに、『ごめん、疲れてて』とか言って断るし。忙しいのはわかるけどさ、なんなのって感じで」
夏美は降ろしていた両足を持ち上げて、ベンチの中で膝を抱えた。頬を膨らませて、怒ったような顔をしている。その姿が妙に可愛く見えた。
「あ、ごめんね、市来くんに怒っても仕方ないっていうのはわかってるんだけど」
「いや、全然全然。俺は大丈夫。いいよ、俺でよければ不満とか全部聞くし」
「ありがと。市来くんは優しいな」
「いや、まあ、俺に出来ることって言ったら、話聞くぐらいだからさ」
本当にそうか? と思った。
夏美の不満を聞くことが俺に出来る唯一のことなのか?
それを利用して、「悠介のことなんてどうでもいいから、俺と付き合えよ」なんて言ってもいいんじゃないのか?
でも、現実はそう思い通りにはいかない。
そんなこと言えるはずもなく、俺に出来ることは結局、彼女の愚痴を聞くことだけだった。
「そんなこと言ってくれると、本当に嬉しい。ねぇ、市来くんは悠介のことどんな奴だと思ってる?」
「どんな奴? いや、まあ、小学生の頃から仲いいし、親友だと思ってるよ」
彼女は抱えていた両足を地面に降ろして、俺を見た。すっぴんのはずのその顔は、凄く綺麗に思えて思わず視線を逸らしてしまう。
「そうなんだ。そうだよね、仲良いもんね」
彼女が何を言いたいのか、俺にはわからなかった。
「……ねぇ、もしさ……」
「ん?」
「……ごめん、やっぱりなんでもない」
「は、なんだよそれ」
「あ、そうだ」
「今度はなんだよ」
「中学のときの友だちがさ、高校で演劇部に入ったらしくて」
「へー、演劇部ねー」
「うん。それで、その子の役が、彼氏がいるのに別の男の人を好きになってしまったっていう役らしくて」
「高校生でそんな恋愛ものとかやるんだ」
演劇なんてじっくりと見たことはない。覚えているのは、幼稚園の頃のお遊戯会ぐらいだ。演劇部なんて俺には無縁の世界だな、と漠然と考えながら夏美の話を聞いていた。
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