470人が本棚に入れています
本棚に追加
絶望と裏切り
「この、役立たず!」
真夜中のリビングに響く、ヒステリックな女の声。同時に放たれる強烈な平手打ち。痛いのは変わらないけれど、この女に殴られるのはもう慣れてしまった。
「金額が足りないじゃない。毎月10万を家に入れるってのは約束でしょ!?
そんなことも出来ないんだから、このグズ!」
癇癪を起こしたのは単にかすめ取った金が足りないからではないだろう。
典型的な更年期障害のこの中年の女は、おとぎ話シンデレラで例えるなら、意地悪なまま母に当たる。つまり彼女は私にとって血の繋がっていない母親だ。
「ふふっ、いい気味。また傷が増えたねぇ」
リビングの出入り口ですれ違いざまに殴られた頬を見てほくそ笑むのはわがままな妹。
ひとつ年下、高校2年生になる実莉は、童顔に華奢な体といった愛くるしい容姿を武器に、あらゆる人間関係を奪い、わたしをどん底に陥れてきた。
他人の不幸は蜜の味。この家には心配してくれる人間は誰もいない。目を合わせることにも嫌気が差し、唇を噛んでうつむきながらリビングを出た。
「あ、見ーつけた」
リビングから廊下へ出て、玄関に向かおうとしたところで声をかけられ足を止めた。振り返ると、立っていたのは外見だけは完璧な義理の姉、美花みか。
「これ、置いてあったからありがたく使わせてもらうね」
ご自慢の手入れされたロングヘアを揺らし、ひらひらさせている手には万札が3枚。
「そうよ、あんたのバイト代からもらっちゃった。少しくらい抜いたっていいでしょ?我が家の召使いが働いてつくった金なんだし」
わたしを召使い呼ばわりする美花は、今年で20歳の女子大生。美花は清楚な見た目とは裏腹に、こっそりわたしのバイト代から金を引き抜き、盗んだことを正当化するほどの強欲のかたまりの人間。道理でさっき金が足りないとおばさんに殴られたわけだ。
だけどわたしはここで返せ、とは言わない。言ったところで何も変わらないことは分かりきってる。
「じゃ、これはデートに使わせてもらうから。またお金よろしく。バイバイ」
嫌に気分よさげな声を聞き流し、ヒリヒリと痛む頬を押さえながら家を出た。
最初のコメントを投稿しよう!