化者

4/4

29人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 迎えた本番、小森は圧倒的な美しさで、ぶっちぎりの優勝を果たした。蛹から蝶への変貌を目の当たりにし、思わず涙が溢れる。  これは天啓だったのだ。メイクで人を美しくすることこそが、俺の進むべき道であると。彼女は舞台から俺を見下ろし、牙を見せて笑った。 「日向くん、本当にありがとう」  人気のない北校舎で、吸血鬼の彼女が俺に抱きついた。心臓が跳ね上がり、脚が震える。「いいよ」そう言って背中に腕を回そうとした時だった。 「君が救いようのない馬鹿で助かったよ」  彼女がそっと身体を離し、口角を上げた。 「高一の頃から君はずっと私を見下していたよね。“瓶底メガネ”とか変なあだ名付けてさ。自分のカーストを上げるためなら、人を貶すことも(いと)わないもんね。見た目が変わっただけで猿みたいに発情する君の姿は心底滑稽だったよ」  のけぞりながら高らかに笑う姿は、俺の知っている小森ではなかった。 「俺のこと好きなんじゃなかったのかよ……」 「私が? 君を?」  彼女は吹き出しながら、大袈裟なジェスチャーで自分と俺を交互に指差した。 「あんな演技を信じ込むなんて、君の頭は相当おめでたいね。私はね、陰島くんと付き合ってるの。覚えてる? 君いつも彼の机を椅子として使っているでしょう。この作戦を考えたのも彼だよ」  視界がぐにゃりと歪む。信じられないスピードで鼓動が脈打ち、呼吸が浅くなる。脚の震えが止まらない。誰かが嘘だと言ってくれるのを待っていた。 「もう行くね。下で彼が待ってるから」  彼女がポケットからクレンジングシートを取り出し、顔を擦る。不純物を取り除いたその姿は、今までで一番の美しさを放っていた。 「そうだ、最後に一言だけ。ちゃんと自覚した方がいいよ。いくら取り繕ったって、鼻がひん曲がるくらいの君の悪臭は消えないってこと」  マントを(ひるがえ)し廊下の闇へ消える彼女の背中をぼんやりと見つめる。一人残された俺は手鏡を取り出した。鏡に映るのはそばかす、細い目、色のない唇。小学五年生の俺だ。 「酷い顔だな」  冷たい床に、自分の声だけが反響した。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加