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「美瑠ってさ、調子乗ってるよね」
「ねー」
「この前のコンクールで入賞したからってさ」
「ガッチガチに緊張してたくせにね」
中学の時、陰でよく悪口を言われていたらしい。
らしいというのは「だれだれちゃんが美瑠の悪口言ってたよ」と教えられたからであって、自分の耳で何回も聞いたことがあったわけじゃないからだ。
ただ一度だけ、自分の陰口を言っているのをリアルタイムで聞いてしまったことがある。
その時は、ああ、本当に言われてたんだって思った。
言っていたのは仲が良いと思っていた子だったから余計にショックで、ちょっと泣いてしまいそうだった。
「ガッチガチに緊張してても入賞する人と、緊張してなくても入賞しなかった人ってなんかもう比べるだけでも不憫だね」
いつの間に後ろにいたのか。
更衣室の前で立ちすくむわたしを追い越したその人物は、遠慮なくドアを開けて言った。
「負けて悔しいって素直に言えばいいのに。バッカみたい」
「な……ッ!」
「みんなが使う更衣室でそういう話しないで」
「なによ! 涼楓なんてコンクールに出たこともないくせに!!」
「別に、コンクールに出たくてバレエやってるんじゃないし」
更衣室から自分の荷物と、わたしの荷物を持って涼楓は出てきた。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ声を押し返すように、涼楓は勢いよく扉を閉めた。
バタンッとしまった扉に嫌な声が遠のいた。
「言い返せば?」
「で、できないよ……」
「まあ、そうだろうね」
ちょっとだけ、胸がチクリとした。
「でも、別にいいんじゃない? それが美瑠でしょ」
チクリと痛んだ胸が、じんわりと熱を持つ。嫌な熱じゃない。じわじわ広がってなんだか泣いてしまいそうだった。
「……やっぱり言い返してこれば?」
「……できないってば」
震えた声に涼楓が笑った気配がした。
あの時、涼楓はどんな顔で笑っていたのかな。
いまさらだけど、ちょっとだけ気になるよ。
それからちょうど一年後、中学三年の冬。
涼楓はバレエをやめた。
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