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「受験に専念したいからバレエやめるんだよね」
レッスン終わり。自動販売機の前。ガコンッと落ちてきた缶ジュース。
蝉の声が賑やかな暑い夏の日だった。
「すぐ、やめるの?」
「先生にやめるって言ったらなんか次の発表会は出てって言われちゃった」
「そう……」
「結局受験ギリギリになりそう」
教室の一階にある自動販売機。
もう帰る準備が整っている私服姿の涼楓と、レオタードにTシャツを着ただけのわたし。
「次の主役、美瑠なんじゃない?」
「え……?」
「なに驚いた顔してんの。順番的にも、もうそろそろでしょ」
発表会の主役は大体の年齢順とバレエを習い始めた順、そして技術的な面を加味して選ばれる。
先生が言っていたわけじゃないけど、長いことこの教室にいればなんとなくわかることだった。
「配役発表、いつだったっけ?」
「来週くらい、だと思う」
「演目なんだろうね」
涼楓が缶ジュースのプルタブを開けた。
「あ、振るの忘れちゃった」
涼楓お気に入りの〈夏みかんゼリージュース〉。
「あー、でてこないわ」
振らないとゼリーが小さい飲み口に詰まって出てこないのは、わたしも飲んだことがあるから知っていた。
昔は練習後によく一緒に飲んでいた。
「涼楓」
こぼれないよう缶を揺らす涼楓が「ん?」と顔を上げた。
「あのね、わたし……――」
暑い夏の日。夏休みは毎日のようにここに通う。外が暗くなるまで練習する。
今日もまだ、わたしは帰らない。
ジュースはすぐに太るからやめた。
いつも、わたしはお茶を買う。
「中学を卒業したら留学することになったの」
誰かが入り口を開けたのか、生ぬるい風が頬を撫でていった。
「そう、がんばって」
淡々と、涼楓は言った。
余計なもので飾らない言葉はすごく、涼楓らしかった。
チャリンと、小銭が落ちる音が響く。
200円を入れた自動販売機のボタンが一斉に点滅する。
ボタンを押せば明かりは消えて、ガコンと缶が落ちてきた。
「……珍しいじゃん」
「たまにはね」
一週間後、発表された配役は涼楓の言った通りだった。
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