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** 〈clubD〉は桜木町の駅から野毛に向かう入り口に建つビルの七階にあった。どうやら路上のキャッチも使ってるらしい。あまり誉められた行為ではないのだが、取締りをやってないほうが悪い。だが早川も橋下もキャッチに声をかけられることはなかった。早川は「声かけて連れてってくれりゃ早えのに」と愚痴っていたが、それはないだろうと橋下は思った。キャッチのほうも馬鹿ではない。声をかけていいのかヤバいのかくらいは判断しているだろう。  仕方なく二人はエレベーターで七階へ向かった。  こじんまりした店で店内はほの暗く、品のいい音楽がうっすらと聞こえていた。キャバクラらしい喧騒さはなく、どちらかといえばクラブのような落ち着きのある店だった。 「いらっしゃいませ」パリッとした白いワイシャツの男が声をかけてきた。年齢的には四十に差しかかった三十代といったところだろう。だが、日に焼けた肌と精悍な顔つきからイケてるオヤジ感のする男だった。 「初めてでいらっしゃいますか?」そう聞かれて早川は愛想よく「ああ」と答えた。  男は席に案内しながら簡単に説明を始めた。店内はポツリポツリと客と女の子が座っていた。そこまで混んでいるわけではないらしい。男は女の子はどうするか尋ねてきた。 「そうだなあ」早川は少し考えるように言った。「あの子とかいいねえ」早川は端のテーブルで酒を作ってる女の子を指した。「あのゴールドのミニのドレスの子」  男は頷くと酒の種類を聞き、戻って行った。  橋下は早川の顔を見た。なぜあのオンナを指名したのか不思議だった。  ゴールドのミニのドレスの女はすぐにやってきた。 「エレナです」女はテンション低めで答えた。そしてすぐに「わたしお酒飲めないんで、ソフトドリンク頼んでもいいですか?」と言ってきた。早川はすぐに「好きなの飲め」と答えた。こういうところでは酒よりもソフトドリンクのほうが値段は高い。というか席についてすぐにそんなことを言うなんて信じられないと橋下は思った。そんなことじゃ客のテンションも上がらないだろう。  早川はいつものように女の子を楽しませるような会話を始めた。その奥義は橋下がいつ見ても感心するものだった。だがこの店の女の違うところは、それがちっとも有難いと思っていないことだ。客が楽しませて当然という態度だった。しかも反応が薄い。  橋下は他のテーブルの客を観察し始めた。どのテーブルもバカ騒ぎするところはない。落ち着いてるといえば聞こえはいいが、どちらかといえばしらけているような雰囲気だった。ただ救いといえばここの店の女の子はどこを見てもビジュアルはいい。だがただそれだけだ。  エレナはしばらくすると化粧室に行くと席を立った。 「──よく〈エレナ〉って分かりましたね」橋下はすぐに気になっていたことを聞いた。 「菅原が髪が真っ直ぐで長いって言ってただろ?」  いや、それだけでよく分かったっていうか。 「それにすげえ美人ですげえスタイルがいいって言ってたろ? そんな特徴のない表現は〈流行りの造りもん〉ってことだ。よく見てみろ、アイツは顔からカラダまで全部造りモンだ」  早川は電子タバコをゆっくり燻らせながらそう答えた。 「まあ、それだけじゃねえけどな」  早川は思わせぶりなことを言った。理由を聞きたかったが、女が戻って来たのでそこで会話を終えることとなった。
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