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一時間半ほどして店を出た。会計は二人で十万だった。
早川は駅のほうへは向かわず、野毛の裏通りへと入って行った。
「会計でビビり散らかしやがって」早川は吐き捨てるように言った。
「ですねえ」自分達よりも後に店に入って来て、三十分ほどで店を出たサラリーマンがいた。会計は五万だった。サラリーマンは何か言いたげだったが、何も言わずにカードで支払って店を出た。その計算なら十五万は請求してくるだろうと踏んでいた。
「俺らのことを知ってるわけじゃなさそうだったが、それでもリーマンには見えなかったか」
早川はそう言って舌打ちをした。いや、どこをどう見てもサラリーマン風には見えないが。橋下はツッコミたくなるのを堪えて言った。「最近この辺はホテルも増えてます。出張で来たサラリーマン狙いって感じっすかね」
「横浜に遊びに来たらぼったくられたなんて評判が立ってみろ。遊びに来る奴が減っちまうだろうが」
早川は苦々しそうに吐き捨てた。「その前になんとかしねえとな」
「手配しますか?」
「いや、この件が済んでからでいい。もしかしたら叔父貴に頼むかもしれねえし」
ああ、真中さんか。それは適任かもしれないと橋下は思った。
気がつくと早川はどこかへ電話していた。「オーナーはいるか?」そう尋ねていた。〈オーナー〉ってことはあの店に行くんだろうなと橋下はぼんやりと思った。
「あーん! 待ってたあ!」店に入るとすぐに野太い黄色い声が飛んできた。野毛の端っこでほとんど福富町といっていいところにその店はあった。
早川の周りがすぐに取り囲まれた。「オーナーはもう少ししたら来るって。だから飲んで待っててって」
そう言われて早川は連れて行かれた。橋下もその後に続いた。
「クソ不味い酒を飲んできちまったからよお」と早川は愚痴った。取り囲んでいた自称女子達は一斉にその話を聞きたがった。
昔ながらのショーパブで、酒の相手は心は女子のおっさん達だ。橋下の隣のはお気に入りの禿げた小太りの化粧をしたおっさんが座っていた。化粧も派手だが衣装も派手だ。今日は鮮やかなブルーのフェイクファーを首に巻いている。橋下が長年贔屓にしてる〈ジュゴン琴美〉である。
「お疲れさま」そう言って橋下のグラスに自分のグラスを当てた。橋下は心底ホッとした。
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